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その日、近所へ遊びに行った末の妹はなかなか帰宅しなかった。
日が暮れる前に、雪かきで畝のようになった間を私は探しに行く。集落では雪かきをする場所も決まっていて、この畝の間を通れば迷うはずもないのに、妹の姿は見えない。
「ホクトちゃん」と呼んでも返事はない。分厚い雪に自分の声がむなしく吸い込まれ、いよいよ焦り始めたとき、私は信じられないものをみた。
いつのまにそこに現れたのか、ぬうぼうと揺らめく白い影が妹の小さな身体にまとわりついている。
「危ない、ホクトちゃん」と叫んだが妹はこっちを見ない。ぽっかり空いた穴みたいなうつろな瞳で白い影を見つめている。
雪の怪だ。雪の怪が出た。
妹は魅入られてしまったのだ。
震えながらそう考える。
伝承は真実だったのだ。そんなはずはない、雪の怪なんて雪を恐れるあまりの迷信だという理性的な結論は目の前の光景にあっという間に覆される。
でもどうしてだろう。伝承通りならば、幼名があれば守られるはずなに。
その時、私は自分の失態に気づいた。
きっとあの子は教えたのだ。末子という本当の名を。昨晩、私が敦子と教えたみたいに。
素直なあの子は怪異に問われるまま、無邪気に本当の名を答えてしまったのだ、私がしたみたいに。
揺らめく影が妹に覆いかぶさり、私は声の限りに叫んだ。
「ごめんなさい」
「妹を返して」
「私が代わりに行きます」
「その子はまだ小さいの。それは本当の名前じゃない」
「私は敦子」
「敦子」
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