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末子
ずいぶん長く眠っていた気がする。
悪い夢を見た。脳裏に苦いモヤだけを残して目覚めたとたんに忘れてしまう夢。
今日も寒い。窓の外は一面の雪だろう。この村のいつもの冬景色。
あの声が聞こえるようになってから、日に日に身体が軽くなっているような気がする。
分厚い雪の向こうから「末子」と私を呼ぶ声。少しずつ近づいてきている冷たい響き。
「おはよう」
そう言って私の額を撫でてくれるのは誰だろう。優しく疲れきった眼差しに見つめられて私は泣きたくなる。
なのに涙は出ない。起きあがろうとしたけどそれもできない。「末子」とまた誰かが呼んでいる。「末子」。
不意に怖くなった。恐怖に叫ぼうとした私の口から「千里さん」という言葉が漏れる。
千里さん?誰だろう。
敦子なら覚えてる。誰かはわからないけど、大好きで恐ろしい名前。
私を撫でる誰かが泣いている。
「千里さん、ありがとう」
また言葉が漏れる。優しい誰かが何か言っている。でも私には聞こえない。
耳に届くのは「末子」と呼ばう冷たい響きだけ。
「末子」。
雪が目の前に近づいている。
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