6人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
「わかった。ホクトちゃんが大丈夫になるように、姉ちゃんのとっておきの秘密を教えてあげる」
「秘密?」
「うん。あと七日で姉ちゃん、十五歳になるでしょ。みんなより先に姉ちゃんの新しい名前、ホクトちゃんにだけ教えてあげる」
敦子
私の手の平に指で文字を書いて、ホマレちゃんは「あつこ、だよ」と囁く。
「あつこ」
「うん、どうかな」
「かわいい。私はすえこ、だよ」
「あら、ホクトちゃんたら、もう決めてるの?」
「だってみんながそう言うもの。末っ子のすえこ。名前はみんなに呼ばれるものだから、みんながいいのがいいでしょう」
「そう、素敵な考えね。そしたら十五になるまでその名前は大事に取っておくのよ」
ホマレちゃんに褒められたのが嬉しくて私は笑顔になる。敦子、私だけが知っているホマレちゃんの本当の名前。
村の子供はみんなウソの名前で育つから、兄弟だからってこんな風に本当の名前を知ることはとても特別だ。
ウソの名前があるのは雪から身を守るため。村には雪に紛れて悪いものが来る。ウソの名前は子供を狙う悪いものの目をごまかすためのお守り。だから十五歳になるまでは本当の名前をつけちゃいけないのだ。
「おやすみ」というホマレちゃんに私は抱きつく。今夜も大雪だけど、ホマレちゃんと一緒にいれば雪に混じってうろつく悪いものだって全然怖くない。
春になれば雪はなくなる。そしたらホマレちゃんは敦子ちゃんになる。
晴れた道を斎藤敦子として旅立つホマレちゃんはきっと誰よりもきれいだ。
思い浮かべたその姿は誇らしく、でもやっぱりさみしくて、私はまたそっと泣いてしまった。
最初のコメントを投稿しよう!