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千里
「敦子ちゃん、ねえ、敦子ちゃん」
深夜の金切り声に私は浅い眠りから引きずり出される。のろのろと起き上がり、枕元の電気スタンドをつけると、義母は夜そのものみたいな黒い瞳でぽっかりと天井を見つめていた。
「敦子ちゃん、そこにいるの?」
「いるよ」
「知ってた?外は雪よ」
「そうね。最近はずっとそう」
「足が痛いわ。さすって」
言われた通りにしている間、義母はじっと天井を見ていた。窓の外は分厚い雪に覆われていて、物音ひとつしない。
「ねえ敦子ちゃん。どこにも行かないでね。今日はひどい大雪だわ。行かないでね」
幼子のように甘える義母に私は「行かないよ」とうなずく。
行かない。こんな雪の夜に外へ行くわけがない。この地に生まれ育ち、私なんかよりよほど雪国の暮らしを知っているはずの義母は、もうそんなことさえわからなくなってしまった。
行かないで、というつぶやきが泡沫じみた寝息に変わるまで私は彼女の足をさする。
やがて聞こえる規則正しい呼吸をじゅうぶんに確認してから布団に戻る。
重たい冬の夜明けまで、あと数時間。夫と子供が出発する前に、ある程度の雪かきは済ませなければ。
かじかむ指先をこすって私は瞼を閉じた。
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