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 始めて見る廊下、初めて見る扉、目に映る世界の全てが目新しく、美しい。目を輝かせる少年の傍らで平然とした表情を浮かべる青年が話しかける。 「君がこれから何をするべきか、分かっているね。」 「はい、大丈夫、…だと思います。」 「そこまで肩肘を張らなくていい。いつも通りにすればいいんだよ。」 「分かりました。」 その言葉に満足した青年は微笑み「それじゃあ行こうか」と扉をくぐる。少年は覚悟を決めて一歩前に踏み出す。 ***  一か月ほど前のことだっただろうか。ようやく雨季が明け、久しぶりに太陽が眩しく輝いていたある日の昼下がり、街外れの小さな孤児院に2人の男性が訪れた。2人の男性は周囲に見合わない立派な装いをしていて、どうやら人手を求めているようだった。町の方に行けば、もっと上等な人手を買う場所があるはずだ。なのにこんな場所に来るということは…孤児院の院長もそう考えたのか、最初は面倒くさそうに顔をしかめるばかりだった。けれど男性の1人が小さな袋を取り出し、机の上にどさりと置くと、風向きが変わる。 「若くて綺麗なのを集めておくれ。男で、傷の無いやつだ。」  10分もしないうちに狭い孤児院の中から注文に適した者が集められ、一列に並ぶ。男性2人は並んだ者を1人ずつ、よく観察しながら 「こいつはどうだ。」 「いや流石に髪の色が離れすぎているだろう。」 「ならこいつは…。」 「ちょっと背が高すぎるんじゃないか。」 等と押し問答を繰り返す。しかしその声も、足音も、僕の目の前でピタリと止まった。そして、短い静寂の後、 「こいつだ。」 2人は声を揃えてそう言った。  そこからはあっという間で、数日後の僕は少ない荷物と共に小さな馬車で揺られるばかりだった。馬車は、孤児院の誰も起きていない朝早くから走らせている。しかしそんな中状況でも眠気は無い。  僕の目の前にはこの前とは違う1人の男性が座っており、まじまじと僕の顔を眺める。馬車に乗る際に挨拶するとショウ、と名乗った彼は、以前見た男性達よりもさらに身なりが良さそうだ。そんな彼や高価そうな馬車に囲まれるとどこか居心地が悪く、俯いてしまう。 「あぁ、ごめん。顔をじろじろ見ちゃってさ。気分を悪くしたかな。」 「いえ、こんなに立派な場所に来たことが無かったので。ところで僕はこれから何をすれば良いのでしょうか。大したことはできませんが…。」 「そうだそうだ、まだ説明してなかったから不安だよね。時間もあるから少し説明しとこう。とりあえず君には、あるお方の従者として働いてほしいんだ。」 「従者として、ですか?」 「うんそう。少し前のことから遡って説明するとね…」  いくつか山を越えた先には、名家の嫡子が集う学校がある。そこではこの国の将来を担うべく選ばれた学生が、日々切磋琢磨しているという。先月、そんな学校に所属する学生の従者が亡くなった。不運な事故だったらしい。 「君には亡くなった従者の代わりをしてほしいんだ。」 「僕は炊事や洗濯が多少できるぐらいですがその、大丈夫なんでしょうか。」 「手紙を運んだり、身支度を手伝ったり、もっと簡単なことだから大丈夫。そういう面倒くさいことは学校の職員がしてくれるよ。」  ショウ様はニコニコと笑いながら説明すると、最後に一言言い添えた。 「難しく考えなくていい。俺たちはただ主人の言う事、望みを叶えるだけさ。」
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