アブダクション

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「こんな時間に元カレとする話じゃないよね」 「俺も今同じこと考えてた」 「けど、わたしたちって付き合ってた時もこんな感じだったよね」 「せやなぁ。しょうむない話しかしてへんかったもんな」  雫とは、恋人らしい話をした記憶がなかった。オカルトか笑い話か、男友達とでもできるような、色気のない会話ばかりだったように善は記憶している。 「ごめん。彼女いるのに、“わたしたち” とか気安く言っちゃダメだよね」  気が利かなくてと詫びながら、雫は自分の額をぽんと叩いた。 「痛ったい」 「そら、ケガしてんのに叩いたら痛いやろ」  天然か、などとツッコんでいたところ、妙案が浮かんだ。 「よし、わかった。家まで車で送るわ。それならええやろ」 「でも……いいのかな。車乗ったりして」 「助手席乗らんかったらいけるやろ」 「うーん。じゃあ、お言葉に甘えて」  車に乗せるのも良いこととは言えないけど、この場合は仕方がない。元カノは頭部を負傷している。それも、なかなかに深い傷。もう電車もバスもない。これは、緊急事態だ。
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