ホームランは打てない

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 店には社員自体、善を含めて三人しかおらず、あとはパートとバイトが大半だ。おまけに男性は善一人しかいない。年下でも全員が先輩であり、同僚と呼べる人もいない。  愚痴や悩み事を打ち明けられる人が職場にいないのも、初めての経験だった。  出向してまだ一ヶ月ほどではあったが、善はすでに心が折れそうだった。  久々に土曜日に休みがもらえたので、約束を果たすべく金曜日の夜に楓太と居酒屋に繰り出した。初めて入った店は魚がメインの和食居酒屋で、新鮮な刺身や寿司が食べられるのが売りだそうだ。  さすがに、まだ肉より魚が食べたい年齢でもないが、普段滅多に魚料理を食べることがないという理由で善が選んだ店だった。  特に予約もせず店に入ったら、金曜の夜ということもありほぼ満席だった。辛うじて空いていたカウンター席に並んで座る。  とりあえず生ビールを注文し、筆で手書きされたようなメニューに目を通す。適当に料理を注文している間に、生ビールが届いた。 「俺の呪いが解けたのと善の引っ越しを祝して、とりあえず乾杯」  ジョッキを合わせて乾杯し、ぐびぐびと喉を鳴らしてビールを飲んだ。  生ビールなんて久々に飲んだ気がして、やたらと美味しく感じた。
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