ミュージカル・パパ

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 一年二組の教室の、ちょうど真ん中あたりの席で、セーラー服のスカーフの先をいじりながら、女子生徒が満面の笑みを浮かべていた。 「葉子(ようこ)ちゃんがね、文化祭用に直してくれたママのワンピース、今日持ってきてくれるんだ」 「へぇ、よかったね」 前の席から振り向いた格好で、ツインテールの友達が肯いてくれる。 「白で、袖と両脇に花柄の刺繍入ってて、すっごいカワイイの」 「裾とかサイズとか合わせてくれたんでしょ?きーちゃんの叔母さん、ホント器用だね~」 「うん。パパ料理は得意なんだけど、それ以外はちょっとありえないから。洗濯機回したら、泡があふれ出して止まんないし、お掃除も細かいとこ手が届かないの。ママいなくなってからずっと、うちは葉子ちゃんのおかげ」 きーちゃん呼びは、苗字の木森(きもり)に由来する。ママは、六年前、弟を産んで間もなく病で他界していた。近所に住んでいた、ママの妹にあたる葉子が、毎日のように通ってパパをフォローし、きーちゃんにも洗濯や掃除の手ほどきをしてくれた。まだ弟も小学校にあがりたてなので、今でも葉子には大変世話になっている。 「本番、あたし髪の毛やったげるよ」 「ホント!ありがと~リサちゃん」 きーちゃんは一年生で、演劇部に入ったばかりだが、文化祭に上演する劇で端役をもらった。セリフも一言あるとはいえ、舞台に上がるからと、あれこれ衣装に気を使うには訳がある。 「キレイにしないとね~。谷口(たにぐち)部長と踊るんだもんね~」 「うん」 「一目ボレで入部したんだもんね~」 「そう!部長、黒のタキシード着るんだけど!もうね、カッッッッコいいの!昨日、副部長と主役カップルで衣装合わせててね、見とれてたら息するの忘れて気絶しそうになっちゃった。背高くて顔が貴公子で、脚本も谷口部長が書いたんだよ。イケメンって、ホントなんでもできるんだよね」 すっかり自分が鼻高々になって、台本を取り出す。突き出された表紙に目を走らせ、リサは眉根を寄せた。 ≪実は地球外生命体なんです!壊れた宇宙船でタイムスリップして異世界の王都に迷いこんで転生した王子の運命の恋!?≫ 「これ、タイトル?あらすじ?ギャグなの?」 「だから、実は宇宙人の王子様が、亜空間ワープに失敗して地球に落っこちちゃって。宇宙船直そうとしたらタイムスリップしちゃって、しかも迷いこんだのが異世界の王都で、転生したら魔法使いの王女様と出会って恋に落ちるの。ラブロマンスだよ」 「そうなんだ。あ、いい、読むのやめとく。本番見るの楽しみにしとく」 そう、と残念そうに台本をしまうきーちゃんに、リサは別の話題を投げた。 「きーちゃんパパも、舞台楽しみにしてるんじゃない?」 とたん、きーちゃんの顔は、ホラー映画に出てくる怨霊並みにこじらせた執念を浮かべ、目をむいていた。黒い影を背負って重々しく言い放つ。 「パパは絶対、来させない」
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