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ワンピースに心を躍らせながら帰宅したきーちゃんが玄関のドアを開けると、キッチンから漂うおいしそうな匂いに鼻をくすぐられる。そして。
「お帰り~♪マイ・ド~タ~♪」
朗らかなテノールの歌声とともに、廊下いっぱいを埋め尽くす大玉が高速で転がってきた。青いエプロンをはためかせながら。
「今日の~ご飯は~♪みんな大好き、か・ら・あ・げ・さ!さぁ食べよう~♪葉子ちゃんもいるよ~みんなで~食べる~ご飯は~おいし~い~よ~♪♪♪」
ラララ~♪、と回転を止めた大玉は、端の方をよく見るとくっついている両腕を広げた。苦々しげにきーちゃんは玉の上に乗っかった輝く笑顔を見上げる。
「どいて、パパ」
巨体に阻まれて、靴も脱げないのだ。
「オゥ!ノォ~ウ!」
ごめん!と慌ててパパは逆回転でキッチンに吸いこまれていった。
「転がらないで!歌わないで!中途半端な英語やめて!」
たたみかけて、洗面所で手を洗い、食卓の用意の整ったリビングに入る。
「パパは歩くより転がる方が速いんだよ」
「それ自分で言う?」
「梅ちゃんが帰ってきたのが嬉しくて、つい歌っちゃうし」
「名前呼ばないでってば」
「オゥ!ノォ~ウ!」
ごめん。しゅんとしょげて続けた。
「でもね、だからね、名前呼ばせてもらえないからさ。マイ・ドーターになっちゃうんだよ」
「なんで梅子なんてつけたの?おばあちゃんみたいじゃん」
気恥ずかしくて、友達にも苗字呼びを頼んでいるのだ。
「それは~ね~♪かわいい~かわいい~梅子が~生まれた~その~日~が~ね~♪」
「踊らなくていいってば」
というか、家の体重計も測定不能な丸々としたパパの巨体は、一挙手一投足のすべてが回転につながるのだが。
「梅の季節に生まれたからって、単純すぎでしょ。お腹空いた、いただきます」
「梅子。あとでワンピース着てみてね」
食卓の向かい側で、弟の満の食事を見守る叔母に微笑み返した。アイボリーのざっくりニットにワンポイントのシルバーネックレスが映えて。いつもお洒落でスタイルもいい。葉子ちゃんのことは大好きなんだけど。葉子ちゃんだけは。お願いしても名前呼ばれちゃうんだよな。まあ、叔母と姪の間柄で苗字というのも変な話ではあるから仕方ない。
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