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「おいしかった~」
結局、食べてしまった。唐揚げはそりゃ、大好きだけど。昨日もコロッケだったし。揚げ物ばっかり、太っちゃう。空になった皿を流しに運びながら、きーちゃん改め梅子は、葉子にそっと耳打ちした。
「あのね、ウエスト、もうちょっと絞ってもらえる?」
目を丸くした葉子に両手を合わせた。
「王女役の副部長の先輩が、ピンクのリボンで、ドレスのウエスト、きゅってしめてるの見てたら。すっごくステキで、すらっとした王子様役の部長とすっごくお似合いで。憧れちゃって。ダイエット、頑張るから」
そのくびれは、出るところも出ている三年生の副部長だからこそのものかもしれないが。
「もうすぐだね~♪マイ・ドーター♪夢の~初舞台~♪かわいい~君に~みんなが~釘付け~♪」
テーブルを拭く手を止めて回り出したパパを、すかさず梅子の厳しい視線が射抜いた。
「パパは絶対来ないでよ」
「オゥ!ノォ~ウ!」
梅子の脳裏に刻みこまれて消えない、小学生の時の苦い思い出がよみがえる。絶対に呼ばない、歌わない、回らないを条件に、授業参観にパパが参加したのだが。この体では、校舎の入り口を通るにも丸い巨体をさらに丸めて押しこんでと苦労して、どうしたって人目を引いてしまう。教室の入り口は、体の向きをどう変えても抜けることがかなわず、廊下の窓に貼りついての参観となった。
〝パパ、お相撲さんなんだね〟
隣の席の男の子に、目をキラキラ輝かせて言われたことを梅子は否定できなかった。そうじゃないのに。パパは、ものすごく食べるから体がどんどん大きくなるだけの、ただのサラリーマンなのに。本当のことを黙っていたのが後ろめたくて、その子とはあまりしゃべれなくなってしまった。ほのかにいいなと思っていたのだったが。
「お年頃~だ~ね~♪マイ・ド~タ~♪」
梅子にうとまれ、パパの目から流れる涙は高速水平回転により噴水のように舞う。救いは、
「パパ、だいすき~」
「満くん!」
弟の無邪気な笑顔だった。せいいっぱい伸ばされる両手を握りしめる。
「パパのお腹、だいすき。ぼく、大きくなったら、パパでドリブルしていい?」
「いいとも!」
とはいえ、それはまだまだ先のことになりそうだ。
「パパのお腹は、満くんのもみじのように小さな両手じゃ持ち上がらないもんな。さぁ♪おいで~♪」
そのため、仰向いたパパのお腹に飛びこんで、トランポリンのように満が跳ねている。きゃっきゃとはしゃいで、現状では満がパパのお腹にドリブルされているのだ。
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