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皇子は夢見る
「ねぇ、こんな昔話いきなり始めてどうしたのさ?」
日が傾き明かりの灯してない部屋は赤々と燃える夕日に染まっていた。
必要最低限の家具しかない少し殺風景にも見えるこの部屋の一番奥、まだ小さな少年はその身体に大きすぎる机に片腕を枕にし、滑らかな金髪を広げている。
退屈そうに細められた紫紅色の瞳の少年は今読み聞かされた絵本を捲りながら隣に控える青年に問いかけた。
そんな歳相応にあどけなさが残る顔を最大限にまで歪めた少年に青年はその優しげな目元を細めて少年から絵本を受け取りながら薄く形のいい唇を開いた。
「ウィルステア卿からレグルス様が歴史の授業を嫌がると伺いましたので、この様な形ならと」
ふーんと唇を尖らせて少年はその夕日に照らされた美しい横顔を眺めた。瞬く度に夕日を反射して光の粒が飛ぶような長い睫毛に宝石の様な青紫色の瞳が覆われていて、透き通る様な白い肌はまるで城下の店先に飾られているアンティークドールの様だ。
白銀の柔らかな髪は緩やかに波打ち夕日が透けて、目を離した隙に溶けて青年ごと消え去ってしまうんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
「レグルス様?私の顔に何か?」
「……何でもない、ねぇこの後はどうなったの?」
見つめすぎた事が恥ずかしくなり少しだけ頬に熱が集まる、幸いにも赤々と燃える夕日のおかげで頬の火照りは青年に気付かれることは無いだろう。
絵本のページに視線を落す青年に気付かれない様に、こっそりと片手を自身の頬へあてがえば発熱した頬の熱が指先を温めた。
それがまた恥ずかしく、誤魔化すように絵本の内容に沿った話を振ってしまった。
あまり頭が上手く回らずこの国の民なら誰でも解るような事を聞いてしまったが、まぁ今は良しとする。
「レグルス様もご存知の通り我が帝国の西部にあるスピカ領がこの絵本に出てくるスピカ王国です」
そう言って絵本の一ページ目から順に、この国の歴史と照らし合わせて教えてくれるこの青年はそのスピカ領出身の騎士なのだ。
花と水の小国スピカは絵本の物語の通り戦火に巻かれて我がデネボラ帝国の一部となった、女神様が宿る自然豊かなその土地は昔から聖女を育む土地と言われ言い伝え通り代が入れ替わるごとに強い聖力を持った聖女が産まれた。
そして彼は代々聖女付の聖騎士となる家系の優秀な騎士なのだが、彼は今少年の側に仕えている。
仕えるはずの聖女様が居ないわけでも、彼が聖女の側に居られない理由があるわけでもない。青年も例外なく聖女付の聖騎士としてこのデネボラ帝国に訪れた筈だったのだが、何故か今は皇帝陛下の命で専属の侍女よりも長い時間少年の側について居ることのほうが多いように思う。
次々とデネボラ帝国の歴史について解説を並べる青年の横顔を飽きずに眺める。乙女のようにとは言わないが、淡く色づいた形の良い唇から紡がれる心地の良いリリックテノールは、まるで魔法をかけるように少年の眠気を誘いゆっくりと意識を水底へと導いていった。
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