皇子は夢見る

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 ――――――  「…………スさま?……レグルス第一皇子殿下」 耳元で紡がれる声に一気に現実に戻された。 吐息が耳を擽りそうな距離で聞き慣れた声が放たれビクリと肩を上下させる、声の方へ軽く顔を傾ければ視界の端に緩やかな波を思わせる白銀の髪が揺れている。 「殿下もうすぐがお見えになります、どうぞ今一度気を引き締めてください」 「すまない……少しモノ思いにふけてしまっていた、それにしても相変わらずだなヴィエル」 お褒めに預かり光栄ですと柔らかく笑うヴィエルにレグルスは軽く肩を竦めた、この男は優しい顔をしながら時折言葉に棘を潜ませてくる。要は間抜けな顔をしているから今すぐどうにかしろ、ということだろう。 ヴィエル・アガパンサス。 我がデネボラ帝国が誇る魔法騎士団団長を務める優秀な騎士だ、若くして魔法騎士団本隊に入団をはたした彼は魔法と剣技にとても優れていて頭もキレる。聖女様付きの聖騎士になるべく彼の姉君と共にスピカ領から聖女様の護衛でデネボラ帝国に訪れたはずの彼だったが、前魔法騎士団団長に能力を見初められ聖女様との話し合いの結果我がデネボラ帝国魔法騎士団に入団をしてもらった。 魔法騎士団の証である雪原を思わせる様な真っ白な団服にはシワ一つ無く、金の刺繍が施された深緑のペリースが彼の容姿を更に映えさせている。 それにしてもなぜ今十五年も前の事を思い出したのかレグレスは首を捻る、あの時はまだ幼かったから歴史の話を子守唄に良く寝落ちし今みたいにヴィエルから軽く叱られたものだと懐かしく思う。 レグルスの耳元の高さまで腰から綺麗に曲げた姿勢だったヴィエルは、今は背中に定規でも刺しているかの様にピンと背筋を伸ばしている。 「お前も大分歳を食ったな……」 記憶の中の彼と照らし合わせればそう思った事をついつい口から零してしまう、そんな小さな呟きですら拾ったヴィエルは苦笑う様な微妙な表情を浮かべた。 十五年も前の事だし当たり前の事なのだが、ヴィエルは多少大人の色気が加わっただけで殆ど十五年前と見た目の変化を感じる事ができない。この見た目年齢と本当の年齢が噛み合わない騎士に対して、どうもレグルスは素直になれない所があり事あるごとに余計な事を言って内心後悔をしている。 普段は滅多に表情を崩さないヴィエルだが、レグルスに対しては時折今みたいに感情を出す時が多く見られた。 またヴィエルは彼なりに、立派に成長したレグルスに親心の様な物を感じている。 だがたまに寂しさのようなものも感じてしまうこともあった。とある事がきっかけでヴィエルに懐き、ひよこの様に後をついて回っていた小さかった第一皇子も今では立派な男性へと成長していた。 レグルス・P・デネボラ。 デネボラ帝国第一皇子で、今は病で床に伏せている皇帝陛下に代わり執務を請け負っている。若いながらも優秀な皇子だが、やはりまだ若さ故の失敗も無いわけではなくその度に宰相や摂政に突かれている事もしばしばある。そして神々の使者の一星であるレオの星をその身に宿している。 幼少の時から見ていたレグルス皇子も数年でみるみる背丈は伸び今では一八ニはあるヴィエルの身長も超え、可憐さが伺えた顔付きは皇帝陛下によく似て男性らしい西端な顔立ちへと成長していた。 すっと通った鼻筋に丸みが強いアーモンド型の目、キラキラと光に反射する金髪に男性らしく彫りの深い骨格も今では上質な布で仕立てられた服を見事に着こなしている、さも社交界の場ではご令嬢方の視線を引くことだろうとヴィエルは微笑ましく思う。 ただあのときと比べれば大人になった分距離を取られてしまうのがヴィエルにとっては少し寂しく思えた、帝国魔法騎士団団長の名誉を授かったヴィエルだが一国の第一皇子に対してそのような気を覚えるのも不敬な話だとも思う。 「あ〜、いや……すまない、そう言うつもりで言った訳では」 何か言い訳をといつもよりも眉を垂らしたヴィエルの表情にどぎまぎさせられながらレグルスは左側背後に控えている彼を振り返ろうとした。が、ヴィエルとは反対側に控えているもう一人の騎士から刺さるような視線と咳払いまで聞こえるものだから少しだけ肩に力が入ってしまう。 「レグルス殿下、そろそろ」
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