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プロローグ
今夜もきゅうりの一本漬けを頼んでいる。何本目のきゅうりだっけ?
いつも決まって2軒目は財布に優しい【ニ軒目酒場】にたどり着く。
お腹が満たされた後にくるから料理は殆ど頼まないのだが今まで1人千円以上払った記憶がない。そんな安価な居酒屋だから金曜日の終電間近の時間でも混んでいる。
タバコの煙が息苦しく、換気したいのだが古いガラス窓が油でこびりついて動かない…。仕方なく諦めて、きゅうりを口に放り込んだ。今日は、よく味が染みている。前にきた時はもっと味が浅かった気がする。
そんな事をボーっと考えながら神楽和希(かぐらかずき)は3杯目のハイボールを飲み始めた。
向かい側では、本宮由唯(もとみやゆい)と阪上澪(さかがみみお)がキャッキャと盛り上がっていた。
僕たちは同僚の飲み仲間。詳しい紹介は後々させてもらうが、世間では僕たちの年齢を「アラフィフ」と言うらしい。むかし「アラフォー」という言葉が流行ったが、いつの間にかその年代を超えてしまったことに絶句する……。
定年まで両手で足りるようになってくると人生の積み木を積み上げる元気がなくなり、積み木が倒れないように必死に押さえようとしている。そんな自分が腹ただしくも思いながら遠い未来より目の前の快楽で自分を誤魔化している。
この歳になると、若い頃なら盛り上がらない話でも今なら面白くて何時間でも盛り上がることができる。《妄想》と言っても過言でない話で真剣に何時間も話してられるのはアラフィフならではの特権か?
そんな事を考えながら目の前の2人の会話に入っていった。
「ねぇ、澪は人生やり直せるなら、どんな仕事やりたい?」
「世界のお酒を飲みながら旅をしてお酒の本とかを書きたいなー」
澪は3人の中では1番のお酒好きだ。
それも、ビールから始まり、焼酎、日本酒、ワインとお酒の種類も多種多様で、しかも強い。美味しい日本酒があると聞くと、昼からわざわざ1人で遠方まで出掛ける。
お酒の銘柄を見るだけで《辛口》《甘口》など、味を熟知するようになった。由唯は日本酒を注文する時は、店員ではなく先ず澪にお薦めを聞く。これがまた由唯好みのドンピシャなお酒が出てくるからついつい飲み過ぎてしまう。
「澪にピッタリやん! その執筆本が爆発的に売れて印税めっちゃ入ってきたら最高やなー」
「うん。それ最高~!」
「あはははは」
「そうなったら全国の書店でサイン会しなあかんな~!」
「ホント? 私、サイン考えとかなあかんかな~?」
「そやでー、考えとかなあかんでー」
「え~! どんなサインにしようかなー」
由唯が和希に「書くものない?」と聞くと、メモ帳とボールペンを鞄から出してくれた。澪のサインなのに由唯があーでもない、こーでもないとメモ帳に書いてるのを見て和希が「誰のサインやねん!」と突っ込んだが、由唯は突っ込みをスルーしてさらに妄想を広げた。
「澪の本がドラマ化されたらどうする? 美味しいお酒のお店を飲み歩くドラマ。更にお金たくさん入ってくるで~!」
「ほんまやー。めっちゃお金持ちになるー。ドラマ誰に出てもらおー。作者って俳優の希望言えるんかなー?」
「言えるんちゃう? 作者のイメージってもんがあるからなー」
「あははははは」澪と由唯は大爆笑した。
「じゃー次、由唯は人生やり直せるならどんな仕事したいの?」
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