17話:明日は入試だ憂鬱だ

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 マリアはサァッと青ざめた。そして青年が口を開くより先に立ち上がり駆け出して自室の窓を押し開けるとそのままベランダから飛び降りる。 「はァッ!? おい、どこ行くんだ!?」  青年の慌てた声。それに対してリーロンが「ほっとけユーゴ。あれはちょっとやそっとじゃくたばらねぇよ」と言っているからより腹が立った。誰のせいだと思ってるんだこの男は。マリアは{(フライ)}の魔神を召喚すると、背中に虹色に輝く翼を携えてそのまま夜空に飛び出す。 「最低……最低、最低!」  みっともない所を見られた羞恥心でマリアは頭を抱え、そのまま飛べるところまで飛んだ。ほとぼりが冷めるまでこうしていよう。寝る時間になったらきっとメリンダが迎えに来てくれるし。マリアはいつものガゼボの屋根に着地すると、そこに座ってぼんやりと夜空の月を眺めた。青白い月がマリアを見返して、嘲笑されているような気持ちにさせた。  鼻の奥で、沈丁花の香りがしたような気がした。最近一人になるとふと考える、大聖堂で天啓を受けた日の事を。{方舟で眠るお母様(コール・オブ・マザー)}と頭に浮かんだのはハッキリ憶えている。だがそれ以外のことはよく憶えていない。天啓とはどういう仕組みなのか、浮かんできたこの言葉の意味はなんなのか。それを知りたかったのに、聞ける雰囲気では無かった。それもこれも、水晶玉が割れてしまったのがいけない。あれがなければ、マリアはもう少し取り乱さずにいられたはずだ。天啓の部屋で聞いたユクシェーラ神について調べてみたりもしたが、知識を司る神だということしか分からない。聖書の(なにがし)を読むには、あまりにも時間が無かった。  ——“(方舟)”はいつでも、貴女を見守っていますよ、マザー=マリア  あの声がいつかの転生の時にマリアが実際に言われた声で、マリアの推察通りかつてのマリアが神々を生み出した地母神(グランド・マザー)の“聖母マリア”だったならば、この言葉にも意味があるはずだ。  しかし、聖母マリアは聖書では“楽園”を追われたとされているのに、マリアの頭には『方舟で眠る』という単語が入っている。その矛盾はどう説明すればいいのだろう。 「“楽園”じゃない……ここは“楽園”じゃない……」  それもそうだ、ここは“方舟”じゃない。頭の中にあった『楽園に帰らねばならない』という気持ちは、聖母マリアの時の己が追われた楽園の夢を見ていたことが理由だったのかもしれない。 「なら、アタシが“楽園(マザーランド)”になる」  漠然と唱えていたその言葉の理由も、今なら分かる。無いなら作ればいい。追われてしまった帰れない故郷を思うのならば、自らが再びそれを創造すれば良い。きっと、マリアの今までのあの想いはそういうことだろう。
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