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そこまで考えて、マリアは首を横に振った。明日は学校の入学試験なのに、余計な考え事をしているなんて悠長にも程がある。
「ねぇ、リコリスもそう思うよね」
マリアの肌に今日も住んでいる白皮の蛇に問いかければ、蛇は片目でこちらを見て、すぐ興味を無くし眠った。マリアもそれ以上話しかけることはしなかった。
レキャットに出会う前は、“楽園”を探すことが漠然とした夢だった。家を出て、そして“楽園”を探し、いつか見つかると夢を見ながら死んでいく。そんな将来を想像していたのに今はどうだ。生き延びるために飯を食べ、将来のために勉強をする施設に通う準備をしている。
学校に通う理由は二つ。一つは実家と完全に縁を切ること。もう一つは“マリア”について調べること。
「——……そのためにも、明日は絶対に合格しなきゃ」
「そうですよ〜。だからそろそろお休みにならなきゃダメだとメリンダは思います」
——どれほどガゼボの屋根の上で膝を抱えて座っていただろうか。気付けばマリアの隣にはメリンダが居て、彼女はそっとマリアに寄り添ってくれていた。
「メリー……迎えに来てくれたの?」
「はい! サティサンガ家の長男坊がマリア様の部屋に行ったって聞いて慌てて駆け付けたらもうマリア様居ないんですもん。メリンダは心配でしたよ」
「ごめんね心配掛けて」
「何か嫌なことでも言われたのですか? 最低なことをされたのですか? メリンダがキュッとしてきてあげましょうか?」
「いいのよメリー。そんなに声を荒らげることでもないから」
「つまり何かはされたんですね。やっぱり気に食わないですねあの男」
「こらこら」
マリアはキュッと雑巾を絞るような仕草をするメリンダに思わずクスクスと笑う。こういうところ、メリンダは本当に可愛らしい。
「でも、寝巻きのまま外にお出かけは嫌だってメリンダ言いましたよ? せめてカーディガンを羽織ってください」
「ごめんね。飛び出したから羽織る余裕が無かったの」
「やっぱりそれだけ酷いことをされたんですね」
「メリー、怖い顔になっちゃってるよ?」
ズモモモと怒気をゆっくり募らせるメリンダの頬っぺたをぷにっと指でつつき、「帰ろっか」とマリアは屋根の上で立ち上がった。
「寝る前はホットココアはいかがですか? チョコレートとマシュマロを溶かしたスペシャルなドリンクです」
「素敵ね。それが飲みたいわ」
マリアは屋根からぴょんと飛び降りる。メリンダも音も無く飛び降りて、マリアの後を追いかけるように歩いた。
「メリーは、このお屋敷で不便なこと起こってない?」
「はい。今のところはメイド長とも上手くやれてます」
「ならよかった。リーロンは今年5年生。卒業するまであと2年。その間は確実にこの屋敷に居ることになると思う。だから屋敷の人とは仲良くしておいてね」
「2年後はマリア様はここを追い出されるのですか?」
「追い出されるって言うか、自主的によ。婚約も終わるんだから、いつまでも居座っていられないでしょ? そうなった時、アナタはこの屋敷に残る? それともアタシと明日も分からぬ生活に生きてくれる?」
「勿論マリア様と共に生きます。マリア様の在る所メリンダ在りですから」
メリンダのその言葉に、マリアは満たされた気持ちだった。もうリーロンにされた無体もどうでもよくなって、ただ幸せな気持ちでメリンダと手を繋いだ。メリンダはうっとりとした顔でマリアの手を握り返したのだった。
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