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18話:白皮の大蛇は、地母神の母に恋している
🐰
「——おはよう、アタシの可愛い仔」
“母”との関係は、そんな言葉から始まった。彼女の胎から産み落とされた俺は、お産の痛みと苦しみに疲労困憊しながらも生まれてきた俺に向けて微笑むその母の姿に、一目で惚れた。
「アナタの名前はリリッシュパキア。今日からアタシの仔供よ。アタシは全身全霊で、アナタを愛し慈しみ守り抜くことを誓うわ。だからアナタも、母を愛してね」
それは一種の契約のようなもので、生誕に対する祝いの言葉であると同時に今後の時間を縛る呪いの言葉であった。だが、どうでもよかった。それほどまでに、この美しい女に惚れた。
リリッシュパキア。母は俺を“リリス”と呼んだ。暫くの時間を、俺は母の寝室となる場所で過ごし、それから母が“先生”と呼ぶ女へと謁見することとなった。
この世界の創造主。宇宙を作り“方舟”を作った“楽園”の管理者・レディ=ダフネ。母に地母神の役割を与えて、神々を生み出す役目を与えたのがこの存在だった。
俺はレディ=ダフネによって、空間を司る神として召し上げられた。そして母が新たに産んだ二十二人の仔供達がいずれ“楽園”の外で暮らす時に、そのための世界を創る役目を与えられた。
母は誰にも優しかった。彼女は自分が産み落とした仔供達を全て愛していた。その愛は平等で、それに俺は不満を覚える。六柱の神と二十二人の天使を生み出した母は、新たに仔供を産み落とすことは無くなったがその代わりに仔供達の育成に務めた。育児に追われる彼女は、俺に割ける時間が少なくなった。不満は募るばかりだった。
彼女はレディから“母親”としての役目を与えられる限り、その役目を全うし続ける。“母親”である彼女は我が子とは決して交わらない。つまり母と恋仲になるためには、母を“母親”の役目から外すか俺が彼女の“仔供”では無くなる必要がある。
故に俺は反旗を翻した。この手で、宇宙創造を終え眠りについたレディを殺すことにした。
だがそれも、全知全能の神様はお見通しだったらしい。俺の計画はあっさりと露見した。性格の悪いことに、レディは俺の断罪をマリアに命じた。しかし、彼女はどこまでもやはり慈悲深かった。
「罪は全てアタシが担います。罰は全てアタシが担います。どうかアタシの仔供を罰さないでください。仔が間違いを起こしたのなら、母であるアタシが責任を取るのが道理です。先生、どうかお願いします」
レディの前で、彼女は俺を庇いそう言い放った。レディは俺が本来担うはずだった空間創造の役目を母が代わりに全うすることで俺の罪を“方舟”からの追放に留めた。母はその身体を空に、大地に変え、世界を作った。
嗚呼、なんて馬鹿で愚かなお母様。そんなことをしたって俺は罪を悔いたりしないのに。アナタを慕う他の仔供達の制止も振り払って俺のためにその身を犠牲にした優しいお母様。
彼女のこの行動に、満たされたのは言うまでもないだろう。彼女はあれだけ盲信する先生の居る“方舟”から堕ちることを決めたのだ。他でもない、俺のために。俺と共に、堕ちたのだ。
なのに、彼女はそこまでしたのに、俺の思いを受け入れようとはしなかった。お母様の作った世界を機能させるために{恋人}と{女帝}を“楽園”から俺が引きずり堕とした時は泣いて悲しんだ。その涙が波々の海となった時に漸く彼女は泣くのを辞めた。そして自死した。
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