18話:白皮の大蛇は、地母神の母に恋している

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「そうだ、今日は帰りが遅くなるけれど、前みたいに門の前で待っているのはやめてね?」 「ああ、モンタ様と会われるんでしたよね」 「そうなの! 久しぶりだからとっても楽しみ! 受験対策ノートのお礼もいわなくちゃだし、沢山お喋りもしたい! だから、ちょーっと帰るのが遅くなっちゃうかもだけど、心配しないでね」 「……あんまり遅い時間だと、メリンダは心配です」 「大丈夫よ、アタシ強いから。それに何かあればリコリスも居るしね。爺やにはもう許可は取ってあるから、門番への連絡はいらないわ」  マリアのその言葉に、メリンダは眉を顰めた。マリアが“爺や”と呼ぶ男、本名はジェン=カトラーだったはずだ。この屋敷で執事長を務める彼は、はっきり言ってこの屋敷の誰よりも権利を持っている。それはこの屋敷に住んで日が浅い女主人のマリアよりもで、当然新参者で下女であるメリンダはそれに意を申し立てられない。メリンダはこの屋敷に来た時から、あの執事長を敵視している。そして執事長も静かにその視線に笑みを返している。彼らの中にあるのは相手への嫌悪などではない。手練れの騎士同士が相手の度量を理解したうえで隙を見せないように殺気を飛ばしあっているのだ。俺の目から見ても、あの執事長がただものではないことは分かる。相当に優秀だったであろうあの男をサティサンガ家がどうやって雇用したのはか不明だが、兎も角メリンダは執事長を敬遠していた。理由は簡単。あの執事長が、メリンダより強いから。 「……わかりました。メリンダはいい子にして待ってます」 「うん、ありがとう。絶対受かってみせるから、安心して。入試が終わったら、美味しいものでも食べに行きましょうね。爺やには内緒で、二人でこっそり街に降りて」  マリアが胸元のリボンを結び終えたメリンダにそう囁けば、メリンダは一気に機嫌を良くして「はい!」と元気良く返事をする。0から100に一気に感情が振れる侍女の扱いにも慣れたものだ。どのように条件を提示すればメリンダが納得するのかはわかるのに、メリンダの恋愛感情はわからないのだからやはりマリアはポンコツである。母であった時代も要所要所であれと思うことはあったが、母親補正をかけずに見ると浮き彫りになる。だがその愚かしさも愛おしい。恋は盲目、本当に言い得て妙だ。  マリアはそれから朝食を食べ、化粧を始めた。メリンダにされるがまま、顔に化粧品のクリームを塗り薄く紅を引き瞼に色を乗せ、華美になり過ぎない程度にしかしマリアの魅力が損なわれないように綺麗に整える。素材が良いのだから磨けばさらに良くなるに決まっている。メリンダはそれに満足そうにして、そして髪を結い始めた。  マリアが試験中に書き物がしやすいようにと髪を纏め上げて結おうとしたところで項にひょっこり姿を現せば、メリンダは顔を顰めた。メリンダは俺の存在を嫌悪している。マリアの身体に住み着いているのも、そのために使用した魔術も知っているこの女は俺の存在を穢らわしいと唾棄しているのだ。俺に刃を向けたこともあるが、いくらマリアの身体を傷つけても俺に損傷を与えることは出来ないため、彼女は歯噛みして武器をしまう。 
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