18話:白皮の大蛇は、地母神の母に恋している

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『マリア様に害の一つでも招いてみろ、堕天した蛇め……! おまえが例え神であっても、わたしにはおまえを殺すことなど容易いのだからな……!』  憎悪を殺気を込めて吐き出された言葉を鼻で笑ったのは良い思い出だ。全て、マリアが眠っている間に行われたことなのでマリアは何も知らないが。  メリンダが何者なのか、調べる気になればわかることだ。古代魔術を知っていて且つ神殺しのできる一族は限られている。しかしマリアは孤児院で拾って来たこの娘の素性を調べようとしない。マリアが甘言を囁いて命じればメリンダは己の出自も生まれた家の秘密も今まで犯してきた罪も一切合切を告白するだろうに、それをしない。しないで、この女の過去が仄暗くその手が血に濡れていると察していても傍に置いている。彼女の過去などどうだっていいのだろう。仮にあのアインとかいう男がメリンダの素性を調べ上げて報告しても、マリアは『それがどうした』と気にも留めない。それほどまでにこの娘を大切にしている。全く以って気に食わない。 「マリア様、今日はハーフアップにしましょうか。リボンの髪留め、お気に入りのものがありましたよね? それにしましょう」 「素敵ね。よろしくねメリー」 「はい!」  メリンダはそう言って、項を晒すのをやめて下したままで髪を結うことにした。勿論毛束を落とし項を隠す直前に俺を()め付けるのも忘れなかったから余計に笑ってしまった。  朝食が済み、身支度も済み、出掛けるための荷物も手ごろな鞄一つに収めていればノックの音が響く。マリアの返事で扉を開けたのはジェンで、「おはようございますマリアお嬢様」と丁寧に朝の挨拶をした彼は、次いで「旦那様がお呼びです」と要件を告げた。 「リーロンが? なにかしら……すぐ行きます。丁度良いのでそのまま出立の挨拶も済ませますね」  マリアはアイコンタクトでメリンダに『心配するな』と目配せして、「玄関で鞄を持って待っていてちょうだい」と命じジェンに従って自身に与えられた寝室を出た。そのまま廊下を少し進み、一部屋挟んだ場所にあるリーロンの執務室へと入る。昨晩ソファーに押し倒されてそのまま身体を暴かれそうになっていたというのに普通に部屋に入るなんて危機感が無い。この屋敷でリーロンの行動を咎める人間なんてメリンダくらいしかいないのに、恐れ知らずというべきか。  ノックに返事をしたリーロンはつい今し方まで書類と睨めっこをしていたようだった。【天龍の国】の三大公爵家と呼ばれるサティサンガ家の次期当主様は忙しいらしい。執務机の上にはいくつもの書類が乗せられている。領主として民の生活を守らねばならない貴族は大変だなぁとマリアが呟いていたのをよく憶えている。
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