7人が本棚に入れています
本棚に追加
「随分機嫌が良いな」
「いやぁ、久しぶりのモンタだなぁって思って。
そう! 対策ノート! 大活躍だったのよ? あのノートはお金取れるレベルよ!」
「へぇ? いくら出してくれるんだ?」
「……出世払いでお願いします」
「心配するな。無い袖が振れないことぐらい俺も分かってる」
「傷付いたからその慰謝料と相殺っていうのはどう?」
「面白い冗談だな。勿論愉快という意味では無いが」
「あごめんなさいゆるしてやめて怒らないで!」
過剰なまでにマリアが許しを乞えば、モンタはクスクスと笑った。
こんな会話が、二人にとっての当たり前。内心マリアはホッとしていた。モンタが昔の少年のまま、優しい人のまま変わっていない事実に。
マリアとモンタは小さな社交界の立食パーティーで互いの親がせっせと商売のための人脈作りをしている間に顔を合わせる者同士だった。親がパーティーを楽しんでいるあいだ、まだ社交界入りをしていない子供達は広場に集められることになり、それぞれ友人を作って遊ぶ。そうして子供同士が仲良くなったから折角だし親同士もと新たな商談の人脈となるので、子供達は無邪気に遊びながらも実際は親のために働かされているようなものである。それがくだらないと唾棄したモンタは、あまり社交的な子供では無かった。庭で無邪気に鬼ごっこをして遊ぶ子供達の輪から外れて、木陰で静かに本を読んでいる、そういうタイプ。そしてマリアもそんなモンタに興味を持って、彼の隣で本を読んでいた。エリカは勿論他の女子達とのおままごとに花を咲かせていた。モンタには時に勉強を教えてもらうこともあり、マリアは賢いモンタにその頃から既に一目置いて尊敬していた。
『他の子と遊んできなよ』
昔、モンタに言われたことがある。モンタは子供が広場に集められる理由を知っていたから、自分と本を読んでいても有益なことは無いと知っていたのだろう。だから他の子供と縁を作るために自分など放っておけと言ったのである。そんなモンタの内心など露知らず、マリアは『どうして』と首を傾げ、少し笑って言った。
『本を読むモンタの横顔が好きなの』
驚く彼に、マリアは続ける。
『勉強を頑張って、ペンだこの出来た手も好き。インクで手が真っ黒になるまで勉強を頑張っちゃうとこ好き。難しい問題を考える時に、ペンを唇に当てる癖も好き!』
『もう、いいから……』
『こんなに大好きなモンタと一緒に居たいって思うのって普通じゃない? だから傍に居させてよ』
モンタは少し呻いて、それから頷いてくれた。 そんなモンタと離れることになったのは、偏に彼の親が新しい事業を始めるために領地の経営を自分の兄弟に任せて外国に引っ越したからである。手紙でのやり取りが主になって、たまに水晶で顔が見れたが、逆に言えばその程度の関係になってしまった。今日モンタと会うことにドキドキしなかったといえば嘘になる。
人間は二日で人格が変わるし、一時間で恋人が赤の他人になる生き物である。だがらマリアは、軽口を言い合える気の置けない友人が昔と変わっていなくて本当に良かったと安堵したのだ。
最初のコメントを投稿しよう!