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「マリア様……」
名前を呟いて、胸に顔を埋める。こんなことをしていれば、マリアの身体に同化している蛇が黙っちゃいない。それをわかっていてもなお、メリンダはマリアの身体から離れようとはしなかった。否、出来なかった。そんなことをしたら、発狂してしまうと思った。
ふと、彼女の瞳が薄く開く。メリンダはそれに驚いて飛び退いた。見られた、と思った。女主人の部屋に忍び込んで、寝台に上がり身体を密着させる秘め事を知られてしまったと。悪夢を見たら部屋に来ていいと言われてはいるが、それはダントルトン家に居た頃の話だ。婚約者として貞淑な身であらねばならないマリアがメリンダの夜間の来訪を拒む可能性は高い。
「——メリー……?」
寝起きでぼんやりとした声で、彼女はメリンダを呼ぶ。そして気怠げに起き上がると、逃げようとするメリンダの腕を掴み抱き寄せた。
「おいで……大丈夫だよ……」
メリンダの動きが反射的に止まる。マリアは悪夢を見た子供を宥める時のようにポンポンとメリンダの背中を叩きながら、「アタシはここにいるからね……」「マリアはちゃんと生きてるよ……」と繰り返す。
「マリア様……!」
「ん〜……? なぁに……?」
「メリンダは悪い子です……」
「そうなの……?」
「はい、とっても悪い子です……きっと、マリア様も知ったらメリンダのことを嫌いになります……」
「でも、アタシはメリーのこと好きだよぉ……?」
「……メリンダが人間でなかったとしても、同じように抱きしめてくれますか?」
「勿論。メリーがアタシのことを拒まないかぎりは、アタシもメリーのことを拒んだりしないよ〜……」
うとうと、眠くて堪らなさそうなのに、彼女はメリンダを抱き締めて離さない。そしてメリンダを何度も抱き締める。メリンダはその温もりに溺れ、身体の力を抜いた。このまま、溶けて消えてしまいたいとすら思った。
やがてマリアは力尽きて眠ったが、メリンダの尖った心はすっかり丸くなっていた。そして眠る直前自分の腕を差し出したマリアのご好意を有難く受けとって、その腕を枕にして彼女にピッタリ身体を付けて寝転がる。
やっぱり、この人は自分の運命の女だ。メリンダは確信する。あの孤児院で、生きることを諦めていた子供達に「生きろ」と奮起させたこの少女が。あの炎に包まれた教会の中で、子供達を見捨てること無く道を切り開いたこの少女が。マリアこそがメリンダの“運命”なのだ。
身を焦がすようなこの恋を鎮火させるつもりなんて無い。たとえ叶わぬ恋だとしても、大切に抱え続けたいと願うことは悪いことじゃない。寧ろこの感情を大切にしたいと願うことこそ、メリンダが悪夢の実家から離れて人間らしく生きている証明なのだ。
やがて朝が来て、メリンダは何事も無かったかのようにマリアの部屋から出て朝支度のためのミルクティーと顔を濯ぐためのお湯入りの桶を持って、目覚めるマリアを何事も無かったかのように訪ねる。今度はしっかりとノックをして、部屋に入った。
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