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「どう? 本物でしょ?」
そんな店主にずいっと顔を近付け、マリアは満面の笑みを見せる。疑ったことに対する意趣返しだ。マリアと付き合いの長いメリンダにはそれが分かった。
手元から顔を上げた店主は、次の瞬間またギョッとしてマリアの肩を掴む。どうやらマリアのピアスを見たらしい。そういえば今日も、リーロンから顔合わせの日に贈られたタッセルピアスをマリアは律儀に身に付けていた。マリアが当惑しメリンダが店主の腕をマリアから離させようと掴んだ時、店主はバッと飛び退くと恐ろしそうにマリアから離れる。
「まさか、お嬢さん、いえお嬢様、貴女もしや噂の婚約者様ですか……!?」
「噂……? ……もしかして、リーロンとアタシのことで、何か噂が流れてるの?」
「はい! サティサンガ家の長男であるリーロン様が、ご婚約者様の為にこの街の郊外に立派な屋敷を建てたと我々街の人間の間では専らの噂で……ご存知ありませんか?
あのリーロン様の心を射止めたのは一体どんな方なのだろうと皆で話していたのですよ……まさか貴女だったとは……」
「たしかにアタシはリーロンと婚約したけれど……どうしてそれが分かったの? アタシ、一言も言ってないし街に出るのも今日が初めてなのに……」
「何を仰いますか! そのピアス、リーロン様から贈られたものでしょう?」
マリアは言われて、自分の右耳のピアスに触れる。「そうですけど……」と肯定すれば、「やっぱり!」と店主ははしゃいだ。
メリンダとマリアは顔を見合わせる。メリンダが“排除しますか?”と目で訴えれば“やめなさい”と眉を顰められる。マリアは再度店主に向き直ると「このピアスがなんなの?」と理由を訊いた。
「またまたぁ、ご冗談を。あ、もしかして何も教えてもらっていませんか?」
「……えぇ、生憎なことに」
「実はですね、この街でアイオライトの宝石を使ったアクセサリーを付けられる人間はサティサンガ家の関係者だけという暗黙のルールがあるのですよ。
リーロン様の瞳、まるでアイオライトのようでしょう? ですから自然と、アイオライトはリーロン様を象徴する宝石としてこの街で認知されていったのです」
「はぁ……そうなんですか……?」
「はい! リーロン様は元々側近の方にアイオライトの宝石を使ったアクセサリーを授与されていたのですが……ご婚約者様にもやはりアイオライトのアクセサリーを贈られたのですね!
そのピアス、よくご覧になりました?」
「いいえ、恥ずかしながら……彼から耳につけてもらった際、『絶対に外すな』と言いつけられたので、その言いつけを守って詳しくは見ておりません」
「なら知らなくても無理はないですね! そのピアス、タッセルの釣り鐘の裏の部分にサティサンガ家の家紋が透かしで彫られているのですよ! 見る者が見れば一目でアナタがリーロン様の婚約者様だと言うことがわかりますよ!」
饒舌な店主に、メリンダは内心舌打ちをする。
マリアの背後に立って髪を結うことの多かったメリンダは勿論ピアスに彫られた家紋のことを知っていた。知っていたからこそマリアには何も伝えなかったのだ。この店主が見抜いたように、一目で“リーロン=サティサンガから贈られた物”と分かるこのピアスの意味を知ればマリアは青ざめて、このピアスを無くさないようにと注意を払うことだろう。その度にあの男の顔が脳裏にチラつくに決まっている。期間限定の婚約を終えてもアイオライトを見掛ける度にリーロンのことを思い出すようになるかもしれない。それがメリンダには嫌だった。億が一にでもマリアがリーロンのことを好きになったりでもしたら、メリンダは相打ち覚悟でリーロンの命を狙いに行く。しかしそんなことをすればマリアが悲しむから、出来るだけ争いを避けるために口を噤んでいたのである。
そもそもピアスの意味を伝えず後でマリアが自然に分かるように仕向けること自体悪質過ぎる。マリアを“意味に気付かない間抜け”と嘲笑っていると同義だし、それがサプライズ的な意味を持っているとしたならば個人的にはそちらの方が腹立たしい。
実際店主の話を訊いたマリアの喉がひゅっと締まる音がした。まんまとリーロンの思った通りになってしまったわけだ。しかし、この街でリーロンの身内以外がアイオライトを身につけてはならないという暗黙のルールを把握していなかった失態はメリンダにあるため、リーロンだけを責めることが出来ない。それがより一層腹立たしさを加速させる。
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