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「ねぇ、アタシどうして誘拐されたの?」
無視。
「リーロンとの交渉材料にしたいの? ならないと思うよ、残念ながら。無駄骨させて申し訳ないわ〜」
無視。
「その口は飾りか? お喋りしようよ」
無視。
さっきからずっとこの調子である。
男達は取り決めたように黙って、時々仲間内でアイコンタクトをしながらたまにチラリとマリアを見るだけである。ちなみに寝ている間に魔神のカードは取り上げられ、マリアの首には魔封じの首輪がはめられている。特殊な羊の骨を削って造られたその首輪は普通にゴツゴツしていて痛い。不愉快である。
だがマリアは何一つとして心配はしていなかった。今日はメリンダと共に外に出てきた。マリアが行方知れずになったことを、メリンダは既に把握しているだろう。なら心配は要らない。優秀な侍女はすぐにこの場所を特定して、そしてマリアの元に助けに来てくれるはずだから。
唯一の懸念点は、メリンダがこの男達にどれだけの鉄槌を下すかだった。昔は田舎だったため、殺してしまっても処理が簡単だったがここら辺は埋める場所が少ない。変に森に埋めて猟犬にでも発見されたら面倒だ。しかし森の動物に“餌”として与えて人の肉の味を憶えられても困る。そういう動物は殺すしかなくなってしまうのだから。
にしても、天啓を受けいつかの前世の記憶らしいものを断片的ながら取り戻した今思い返してみると、カエルムが初対面のマリアに言った『お久しぶりですマザー!』という言葉、あれはマリアにではなく“マザー=マリア”に向けて放たれた言葉だったのだろうか。だとしたら【自分はかつてマザー=マリアだった】という仮定がより一層真実味を帯びる。カエルムがマザーの仔供であった可能性を、そして自分が本当にマザーであった可能性を、考えてみてもいいかもしれない。
『私達の事を思い出したなら、手紙を書いてください。どこに居ても迎えに参りますからね』
白亜の国から帰る日の別れ際、カエルムはマリアの耳元にそう囁いた。そして悪戯っぽくウインクをしていたのを憶えている。
彼に手紙を、書いてみてもいいかもしれない。そうしたら、もしかしたら、“マリア”について少しなにかが分かるかもしれない。
とその時、ガタンッと馬車が大きく揺れた。来た、とマリアは思った。だが状況の分からない男達は「なんだ!?」「どうした!?」と焦るばかりである。
馬車は走るのを辞めた。馬が嘶き、走り去っていく音が木の壁越しに聞こえる。
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