第2章 橘 日和 - たちばな ひより -

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入学式が終わり、新入生の生徒達が校舎を出ていく帰り道―― 「よっと……新しい教科書やっぱり重いね」 教科書から辞書まで大量の書籍が入った紙袋を両手に提げて歩くのは、小柄な真己には少しキツかった。 「そうだね。伝統を重んじてるからかは知らないけど、電子より紙、何より対面で授業を受けるスタイルを重視してる学校だから。校舎は新しくても、タブレットやオンラインの授業にはまだ対応してないみたい」 「そうなんだ。詳しいね」 「ちょっとね」 静かな空気が流れる。 校門まであと少し。 会話が途切れた。 こういう時、真己はどうしたらいいのかを必死に考えていた。 このまま黙ったままでいいのか、なにか話題を振った方がいいのか―― ずっとイジメられてきたせいか、同年代の子達と親しくなる方法が分からなかった。 そして、真己がやっと絞り出した言葉が 「た……橘さんは、学校からお家近いの?」 「隣町の橘花町(きっかちょう)だけど。内海さんは?」 「私は朧月市(おぼろづきし)に住んでる」 「ずいぶん遠いね。ここまでだと片道2時間半以上はかかるかな?」 「うん、前はもうちょっと近くに住んでたんだけど、事情があって引っ越したの」 ザワザワと、校門のすぐ前まで近づいた時、何やら前方にいた生徒達が騒がしくなった。 理由はすぐに分かった。 ロールスロイス・ファントムが校門の前に止まっていた。 いわゆる世界的に高級車として認識されてる車の一つだ。 塵一つない手入れされた黒のボディが威厳をまとって、そこにその存在感を放っていた。 そして、運転席から初老の男性が出てきたかと思うと、真己達の方を向いて一礼して、こう言った。 「日和お嬢様、お迎えに上がりました」 (え? お、お嬢様?!) 真己は日和を振り返った。 ここは富裕層の人達が通う学校と、真己にも認識はあった。 だが、いかにも物語に出てくるようなお嬢様を見たのは、初めてだった。 そして、生徒の送迎は確か校則で禁止だったはず……そんな考えが、真己の頭の中を一瞬廻ったが、 「それじゃあ、私はここで」 日和はそう言って、執事かと思われる格好をした男性が開けたドアから車に乗り込んだ。 真己はその光景を暫し呆然と見ていたが思わず―― 「あの!」 頭で考えるより先に、声を発していた。 ガーッと、いう音と共に後部座席の窓がゆっくり開いて、日和が顔を出した。 「何?」 「あの、えっと……橘さんが、あの時話しかけてくれなかったら、私緊張して多分失敗してた」 「やっぱりあの先輩じゃなくて、橘さんのお陰だよ。今日は本当にありがとう。明日からよろしくね!」 一瞬ほんの少しだけ、日和が驚いた顔をした気がしたが、気のせいだったかもしれない―― 「こちらこそよろしく」 口元に少し微笑みを浮かべて、日和はそう言った。 車が去っていく様子を見守りながら、真己は新しい学校生活に思いを馳せた。 (今度こそ学校が楽しい場所になるといいな……)
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