一 紅水晶の玉かんざしを盗め

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一 紅水晶の玉かんざしを盗め

 お潤にこの仕事の依頼が入ったのは半月ほど前……寛永十四年(一六三七)の霜月である。 「なんでも伝馬町で子捕り鬼がでたそうな」 「またか……いやな事件だねぇ」  前垂れをつけた商家の奉公人二人がささやきあっている。歩きながらお潤は聞き耳をたてた。  霜月(十一月)に入って二度目の降雪は路地を凍らせていた。板塀のかたすみでは子どもたちの手によって雪だるまが作られている。そんな冷たく固い路地を、お潤は足早に進んだ。いでたちは頭に菅笠をかぶり、青鈍色の松葉模様の袷に黒繻子の帯である。門付け芸人らしく、紐でくくった三味線袋を背負っている。 「孕み女が殺されて、腹の中の子が奪われる……子捕り鬼の仕業」 「去年の暮れからそろそろ一年、もう五人目だぜ……」  そんなやりとりをしていた男が、通り過ぎるお潤を振り返った。「子捕り鬼」の話題から一転して陽気な声を出した。 「いまの女、地味ないでたちだが、気づいたかね? 下駄の鼻緒をはさむつま先が、まるで桜貝をそろえたかのようだったよ」 「ちらりとでも顔をのぞいておくべきだったかな」
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