初めての放送

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初めての放送

 さ、仕事仕事。時間はとっくに過ぎてるけど、あと十五分くらいはあるな。なら4~5曲くらいイケるか?  ブースの椅子にどさりと腰をおろし、鞄はその辺にぶん投げてリクエストに目を通す。 「このリクエストってどーやって取ってんだ? ドビュッシーってたしかクラシックだよな。こっちも? うわ、全部クラシックじゃん。あがんねーわー」  ここから好きなの選べって……好きなのないんだけど。そーゆー時はどーすりゃいーの? こんなの朝から聞いたら眠気増長するだけだろ。  俺はリクエスト表を睨みながら唸る。だいたい曲名をみてピンとくるやつがない。好きなの、といわれたらセンスが問われるだろ。悪いがこーゆーところで妥協できる人間じゃねーんだな。 「待てよ……」  ふと閃いてブースのコンソールに目を走らせる。そしてみつけた。USBポート。  このリクエストをみるに朝はクラシックをメインとしているようだが、何も王道の曲にしなくてもいいだろう。いまやJポップだってクラシックにアレンジしてあるものは山ほどある。ちなみに俺のスマホの目覚ましはそれだ。原曲だと朝はうるさ過ぎるんだよな。  とゆーわけで。放り投げた鞄を膝の上に乗せて中身をゴソゴソ。充電器も入れてたからケーブルはあるしな。 「あったあった」  USBポートにケーブルとスマホを繋ぎ、目覚まし用のプレイリストを開いてスワイプしていく。 「どーれーにーしーよーうーかーなー」  朝だしテンアゲするヤツがいーよな。 「よし。これにすっか」  最近Jポップランキングで上位に入ってきた曲だ。月九のドラマに使われてるから、知らねー奴はいないだろう。原曲はだいぶテンポが速いが、クラシックだとそれほどでもない。  そのまま曲を流そうと思ったけど、ふとOAスイッチに伸ばした手を止めた。  別にここでしゃべってもいいんじゃねえかって。顔はバレねぇんだし、昨日はしゃべらな過ぎてストレス溜まったしな。 「我ながらナイスな発想だ。ストレスはよくねーからな!」  うんうんと一人で納得して、俺はマイクをつかみOAのスイッチを入れた。 「皆さん、おはようございます。今週の『セカンド・キス』はみたかな。ヒロインの夏希ちゃんがコケたとこで画面停止して、パンツみえないか確認した奴は手を上げろ。SNSじゃピンクだと騒がれているが、俺はギリみえてないと思う! なんなら希望としては白だ! 今日はそんな『セカンド・キス』から『晴れの日』をお送りします。みんなでこれ聞いてテンションあげてこうぜ~!」  ポチ!  マイクから曲にスイッチを切り替えて『晴れの日』を流す。 「あー! すっげぇスッキリした!」  俺は満面の笑みで両手を突きあげ、背伸びをした。陽キャたるものしゃべらないと死ぬ。見事昨日の鬱憤を晴らした俺は誰もいないのをいいことに、瓶底メガネを外してふかふかのロッキングチェアーにもたれかかった。後頭部で腕を組み、流れる曲に鼻歌を刻む。  曲が終わる頃に次の曲を選択し、あとは時間までその繰り返しだ。 「悪くねーな、朗読部」  毎朝こうしてストレス発散できるなら文句はない。ひともいなし瓶底メガネも外せる。そしてしゃべり放題。 「うむ! 素晴らしい!」  こうして意気揚々と次の曲を選び始めた俺の知らない所では。 「ちょっとウケる。なにいまの」 「えー、ピンクだよな!?」 「いや。あれは影だ」 「ほんっとギリギリなんだよな。何回みてもわかんねえ」 「俺は青キボンヌ」 「わたしこの曲好きー!」 「ピアノバージョンいーね。これDLしよ〜」  各教室で笑いが巻き起こり、夏希ちゃんのパンツ論争が繰り広げられていたとは、知る由もなかった。  一方、C組では。 「いまの声って……」  爆笑の渦に囲まれて、陽平は教室のスピーカーを見上げて引き攣り笑いを浮かべる。 「隠キャはどーした」  そして八時。OAを切り、再び瓶底メガネを装着。第二ボタンまで外した制服とワイシャツを直し、緩めに緩めまくったネクタイをきゅっと絞る。再び完璧な陰キャを作り上げた俺は放送室を後にした。  教室に入るとクラスメイトの何人かが『晴れの日』を口ずさんでいる。  あれ覚えやすいから一回聞くとあたまに残るんだよな。わかるわ。  笑いたくなるのを堪えて席に着く。しっかし、この一番前の席なんとかならねーか。せっかく楽しかった気分もこの席についた瞬間に、だだ下がりだ。  ため息をつくとガラッと教室のドアが開いた。そして浅見先生が名簿を脇に挟んで入ってきたわけだが。ちらりと俺をみた切れ長の瞳が何かを訴えるように細められた気がした。  なんか、俺のこと睨んでません?  きっと気のせいだな。  俺はそっと先生から目を逸らした。 ※ 「どういうことか説明してもらおうかしら」 「それはいいですけど、なんでここなんですか」 「相談室が空いていなかったの」 「はあ」  放課後。みんなが部活に繰り出したのを見計らって、妙に口調の冷たい浅見先生から放送室に来るようにと短く告げられた俺は、嫌な予感を抱きながらここにやってきた。  朝に俺が使った椅子に浅見先生はすらっとした足を組んで座っている。  だからスリットがな。パンツみえそう。 「朝のあの放送って彰くんがしたのよね?」 「はい。そうですけど」  他に誰がするんだよ。  神妙な面持ちで切り出した先生に、俺はメガネの奥で訝し気に眉を寄せる。  いったい何が言いたいんだ? 「あんな話し方するようにみえなかったから、違う人に頼んだのかと思ったわ」  先生の口調が少しだけ穏やかになり、安堵したように息をついた。  ああ、なるほど。俺が頼んだことを放棄したと思ったのか。  つい開放感に浮かれていつもの口調でしゃべっちゃったからな。  別人と思われるのもわからなくもない。  さて、どう言い訳するか。 「人と話すのは苦手なんですけど、一人語りなら得意なんです。それで少し人が変わったように感じたのかもしれませんね」  数秒ほど悩んで出た答えは適当なものだった。まあ、一人でもしゃべれるってのは間違ってない。 「凄くおとなしそうなのに、驚いたわ」 「そうですよね。わかります」  ぶっちゃけ違和感しかないだろう。  俺はしみじみとうなずいた。   「でも、素敵じゃない。あなたのその才能は朗読部に入るためにあるようなものよ。そう思わない?」 「思います」  間髪入れずに同意する。  あのストレス発散タイムはじつに素晴らしいものだった。俺に手放す気はない。  強めに言い切ると先生は目を輝かせた。 「凄く嬉しいわ! こんな才能のある子が入部してくれるなんて!」 「はは。ありがとうございます」  食い気味の先生に乾いた笑みがこぼれる。  和やかな雰囲気となり、肩の力を抜いた俺に先生はすっと笑顔を引っ込めて真顔を向けた。   「でも」 「はい」 「朝からパンツの話はダメです」 「……はい」  朝に睨んでた原因はそこか? 一応教育の場だからな。ちょっとマズかったか。 「でも……少し意外。彰くんも女の子のパンツに興味持ったりするのね」 「は?」  説教タイムに流れるかと思った俺は、思わずマヌケな声を出した。  先生、わかってないな。あれは同性と話題を合わせるスキルのひとつだ。夏希ちゃんはタイプでもないし、パンツなんかに興味なんてない。ただ盛り上がるってわかってる話題だったから振っただけ。それだけです。  そう力説したい気持ちをギリギリ押し留める。  それを言ってしまったら陰キャの皮が剥がれそうだ。  こーゆー場合、陰キャはなんて答えるんだ?   そもそも陰キャは校内放送で堂々とパンツネタなんて話さねーだろ。  いまさら気付いたが後の祭り。  なんとか上手い言い訳を考えねーと。
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