1人が本棚に入れています
本棚に追加
俺は陰キャになる!
じーんせいらーくありゃくーもあーるーさー。
春もうららかな四月上旬。窓を吹き抜ける風が道行く子供の歌声に乗せて桜の花びらを運んでくる。
「なんで水戸黄門なんだよ」
正面の洗面台には苦笑する俺の姿が映し出されている。ひらりと舞った花びらは、ちょうどよく俺の頭上に降り立った。昨日、白髪染めで染めた髪はもとの色より黒く、ちょこんと乗っかった桜を映えさせるには最高の色合いとも言えた。
あちこち飛び跳ねた寝癖も花びらにとっては良い寝床だろう。手櫛で整えるのは前髪だけにして、できるだけ目もとにかかるように手荒く撫でつけた。
仕上げは下町のメガネ屋を数店舗巡ってようやくみつけた瓶底メガネ。
ここまでくるともうネタだろ、というくらいレンズが分厚く、フレームは洒落っ気ひとつない黒一色のウェリントン型。こいつを着用するだけで野暮ったさが五割増しになるという伝説のアイテムだ。
「全然見えねえ」
度は入っていないのに厚みのせいで視界がぼやけて見える。まあ、少しズラして覗けばなんとかなるだろ。
次にノリのきいたワイシャツに袖を通し、首の一番上まできっちりボタンを留める。
「うー、なんか息苦しい」
せめて二つは外したい。そう思わずにいられないが、首まわりを少し引っ張って我慢する。いつもまくっていた袖のボタンを全部留めると途端に暑苦しくなった。
もともと運動部だった俺にとって、かっちりとした着こなしは動きにくくて苦手だ。
今まで腰下ではいていたズボンはウエストまでしっかりと上げ、艶々の黒い学生用ベルトを通す。隅々までボタンを合わせたブレザーは制服という名の鎧のようだ。
しかし、これでどこをどう見ても地味な隠キャ君の出来上がり。女の子と手を繋いだこともなさそうな勉強とアニメ鑑賞だけが趣味のオタク。そう見えればオーケーだ。
「我ながら完璧だな」
人生で初めて見る自分の姿を鏡に映し、角度を変えては満足気にうなずく。
高校デビューなんて言葉が流行ったのは、何年前だったか。
冴えない中学時代。
陰キャグループに埋もれて慎ましく、そして地味に、無難に日常を過ごしていた奴らが高校入学と同時に突然アタマのネジがぶっ飛んだように風貌を変える現象のことだ。
校則違反なんか一度もしたことがなかった奴が茶髪にしてピアスをあけ、制服を気崩し言葉遣いを変える。
すべてはモテるため。中学時代の地味な自分とおサラバして心機一転、モテキャラに変身して再スタート。というのが、いわゆる「高校デビュー」なわけだが。
しかぁし! 俺はこの機に真逆のデビューを飾ると心に決めていた。
アオハルなんて興味の欠片もない。俺は地味に穏やかに慎ましく高校生活を謳歌できれば満足だ。
親から受け継いだ顔に文句を言うのは悪いと思うが、やたらと整った顔のせいで俺は幼少の頃から女という生き物に恋という名の暴力を受け続けてきた。
近寄る女のせいでありもしない噂をまき散らかされ、ボディタッチという名目でセクハラに勝る暴行を受けたこともしばしば。女同士のバトルに巻き込まれ、なぜか俺一人が傷を負う。
クラスメイトだからとダチに俺の連絡先を聞き出す女どもは、朝から晩までどうでもいいチャットを送ってくる。
隣のクラスの名も知らない女子は「隣のクラスだから」と連絡先をゲットし、下級生は「先輩だから」とゲットする。俺のプライバシーというものはどこまでも末広がりのようだった。
「モテる男はつらいねえ」と腹を抱える幼なじみの陽平は、俺が真面目に愚痴るたびにそう返す。自慢でもなんでもなく、真剣に嫌がっているのを知った上でだ。
「彰は目立つからしょうがないんだよ。顔よしスタイルよし、そして極めつけは陽キャだからな。それだけモテて男から敵作らないなんて神だぜ、マジで」
「男は嫌いじゃないからな」
嫌いなのは女だ。女、女、女。ああ、本当にどうしたらいいんだ。
「男子校に行くか」
「まあ、それも手だろうな。だけど女子を舐めるなよ~? 女子にはイケメンセンサーがついてるんだ。同じ高校じゃなくても見栄えのいい奴が歩いてれば、居所なんてすぐにゲットだぜ!」
「なんで楽しそうなんだよ」
爛々と目を輝かせてガッツポーズをする陽平に、俺はがくりと肩を落とす。同じ高校でもないのに待ち伏せなんてされたらドン引きだろう。そんなことが起きたら俺は一生学校から出ないからな。
「つまりな。発想の転換が必要ってこった。女子を避けるんではなくてな」
「避けるんではなくて?」
「女子から避けられる男になる!」
天に向かって拳を突き上げた陽平が、とても輝いてみえた。
「おまえ! 天才かっ!!」
というわけでだ。俺は念願の陰キャデビューをここに果たした。
限りなく陰キャとして目立つため、校則が緩いと噂の花咲学園を選んだ。頭のてっぺんからつま先に至るまでオシャレに制服を着こなした生徒の中に混じり、陰日向で生き抜くためだ。
こういうのは周りが輝けば輝くほどいい。陰キャとなるにあたって心配だったのはイジメだが、俺はあいにく菩薩のような心は持っていないので、万が一にでもイジメられるようなことがあれば倍返しでやり返す心持ちであった。
「末恐ろしい陰キャの爆誕ですなあ〜!」
桜吹雪の下、同じ高校の制服を着た陽平はケラケラと笑い声を立てる。陽平は校則が緩いのをいいことに、初日から制服を着くずしワックスで遊ばせた髪にピアスをつけて、堂々たるイケメンぷりを発揮している。
対し、俺といえば完璧なガリ勉仕様。
頭の中身はからっきしだが、こういうのは見た目のハッタリが物をいう。
どこぞのファッション雑誌で取り上げられそうな陽平と、いかにも冗談が通じなさそうな真面目くん。この二人が肩を並べて歩く光景なんて合成写真だろ。
しかし、それこそが俺の狙いなのだから問題ない。問題なのは、こいつだ。
「バカなのはおまえだろ。なんで同じ高校にするんだよ。おまえは陽キャだ。あっちにいけ。近寄るな」
しっしと手を振ると陽平はわざと肩を組んで寄りかかってきた。
「こんな面白いもの。見ないわけにいかねえじゃんか。俺、高校はどこでもよかったし」
「俺は真剣なんだ。おまえと一緒にいると目立つんだよ。いいか、陽平。学校では絶対に話しかけるなよ」
「ええ~。陽平さみしい~」
「きっも」
よく見えない瓶底メガネを少し下にずらして昇降口をくぐる。正面には五枚ほど大きな張り紙が貼られてあり、その前は生徒たちで埋め尽くされていた。やったー! 同じクラスぅ! と手を取り合ってはしゃぐ女子を見るからに、クラス分けの張り紙だろう。
「ちょい。俺のクラスどこだか見てきてよ」
「へいへい。人使いの荒い陰キャくんですねー」
陽平は笑いながらクラス分けの張り紙を見に行った。すっげえ人混みでそばにいるのも疲れる。俺は少し距離を取って、昇降口の外で待つことにした。
「いや~。マジで見えないなこのメガネ。もうちょっと薄いのにすれば良かったかなあ」
視力が悪いわけではないので、視界がぼやけるだけで目が疲れる。
思わずぼやくと、
「度が合わないのは問題ね。大丈夫かしら?」
突然、隣から声をかけられた。しかも口調がやたらと色っぽい。少し驚いて振り向けば、メガネ美人がそこにいた。
腰まで伸びたサラサラのストレートヘアに面長の顔立ち。メガネの奥の瞳は切れ長で艶かしく、ふっくらとした唇の横には小さなホクロがあった。
シンプルな白いワイシャツにパツンパツンに押し込められた小玉スイカは、胸下で閉じられたジャケットから半分以上溢れている。
AVとかに出てきそう……
初対面の印象はそんなもんだ。
【あとがき】
皆様、初めまして。
最後までご覧いただきありがとうございます。
本作品は見た目はエロイけど内面はとても真っ直ぐで可愛らしい、ちょっと思考が斜め上の浅見先生が推しからの供給過多でとち狂うさまをご覧いただけます。
面白そうだな、と思った方はぜひフォローをよろしくお願いします!
最初のコメントを投稿しよう!