🟢新緑のプラタナス

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 髪には白いものが混じり、目元には深い皺が刻まれている。  癌で入院したころの歳格好だ。でも、表情は活き活きしていて、同棲していたときのように若々しい。  波子は脱いだローブを丁重に老人に渡した。  どうして、あんな恰好で自分を追いかけたりしたのか、わけがわからない。  それでも、再会できた喜びに、思わず駆けだして彼岸へ戻っていきそうになる。  そのとき、もう一度靄が押し寄せてきた。  すべてが光の粒に包まれ、すっかり見えなくなる。  風がますます強まってきて渦を巻く。  足元が持っていかれそうになって、思わず叫ぶ。 「うああああ!」  自分のものとは思えない声が、また聞こえてきた。  いや、これは――。  凪人ではない。赤ん坊の泣き声だ。  産声のような力強い叫び。  生きたい、生きろという気持ちがはっきりと伝わってきた。 「ちょっと月詠、鈿音をあやして」  耳のそばで長女の照麻の大きな声が聞こえてきた。 「姉さんの大声のせいで泣いているのに」  これは次女の月詠だ。  凪人はゆっくりとまぶたを開いた。  殺風景な白い天井が目に映る。  蛍光灯を遮って、照麻の顔がのぞきこんできた。 「父さんの目が――目が開いてる!」  確かに、赤ん坊よりもやかましい声だ。  ぼんやりと凪人は思った。  まだ意識がもうろうとしている。 「ナースコール――いえ、ナースステーションから看護師を連れて来て!」  ばたばた音をたてて部屋を出ていくのは照麻の夫の建史だ。
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