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それからというもの、気が付けば、美香の存在を確認するようになっていた。
彼女の声がすれば、耳がそっちを向く。
コツコツと足音が聞こえれば、どこへ行くのかと。
仕事に集中しようにも、少しでも彼女の気配を感じると反応してしまう。
そして、何かきっかけを作っては、美香に話しかけるようになった。
12月になったばかりのある日の午後。
彼女の足音が、すぐ隣の食堂へと向かっていくのが聞こえた。
時刻は3時。休憩に、お茶を飲みに行ったのだろう。
直人も、空になったコーヒーカップを持って食堂に行くと、美香は、ちょうどインスタントコーヒーをスプーンで掬っていた。
「お疲れ様です!」
偶然を装いながら、声をかける。
「あっ、お疲れ様です。杉田さんも休憩ですか?」
「はい」
「最近、よく一緒になるね」
そう言って、ニッコリする。
この頃、ため口になる事も多い。それが直人には嬉しかった。
彼女はそのまま、窓辺のイスに腰掛けた。いつもはひと言ふた言喋っただけで、すぐに仕事に戻ってしまうのだけれど。
直人も窓辺に歩み寄る。でも、向かいに座るのが気恥かしくて、立ったまま窓の外に目を向けると、
「座れば?」
美香が微笑を向ける。
「あ、はい」
(なに緊張してるんだ、俺は)
ぎくしゃくする自分を意識していると、美香が、
「今日はちょっと疲れちゃった……」
溜息交じりに言って、遠くの山並みを見る横顔に、疲労感が滲んでいる。
「忙しかったんですか?」
「うーん、忙しかったって言うか、お客さん対応でね……」
「……はい」
「私、やり過ぎちゃったのかな……」
美香はそう言って、コーヒーをひと口すすった。
直人たちの部署は、お客に大学入試情報を提供するのが仕事。
問合せ電話の対応もあるが、具体的な勉強方法や教材選びの質問は、教材作成を担当している部署に転送することになっている。
「やり過ぎたって、どういうことですか?」
「うちの教材だったらどれがいいですか、って、お母さんからの質問で」
「はい」
「模試の偏差値とか聞いた後だったから、だいたいこれがいいですよ、物足りなければこっちがいいですよ、って話をしたの」
「……それが?」
「課長に注意されちゃった」
「え?なんでですか?」
「それは教材製作部の仕事だろ。勝手なことはしないように、って」
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