2/2
前へ
/13ページ
次へ
「でも、流れで答えるくらい、いいんじゃないんですか?」  課長の言葉に腹が立つ。美香も黙って小さく頷いてから、 「私もそう思うけど、会社って、そういうものなんだよね。特に、私はまだ新入りだし。まぁ、ケースバイケースだけど」 「……」 「少なくても、教材の選び方のことは、専門の担当部署があるんだから、そこに任せる。それがうちの方針だからって」 「融通利かないんですね」 「そうね。でも……融通って、利かせた方がいいケースと、そうじゃないケースって、あるんだよ……」 「……そうなんですか?」  社会人1年目の直人には、分かるようで分からない話だ。  何となく腑に落ちないでいると、美香が、 「杉田さんも、だんだん分かってくるよ」  空気を変えるように言ってから、続けて、 「そうそう、杉田さんって、早稲田なんですって?」  思い出した、というように訊いてきた。 「そうです。一応、4年で卒業できました」 「一応?」  変な言い回しの直人を、きょとんとした目で見ている。 「いや、ホント危なかったんです。単位ギリギリだったんですよ。あと1つ足りなかったら、僕、今ごろまだ高田馬場にいますよ」 「ははは。おもしろい」  彼女が、右手にカップを持ったまま、左手を口に当てて笑う。 「倉澤さんは、どちらの出身なんですか?」 「私、慶応です」 「えーっ、そうなんですか?」  中途ということもあってか、彼女の出身校の情報は聞いていなかった。 「それなら、早慶戦、観に行きました?」  春と秋に、神宮球場で開催される、東京六大学野球のリーグ戦だ。 「もちろん!毎回行ってましたよ、戦」  最後の『慶早戦』というところを、強調して言う。 「慶早戦?」  聞き慣れない言葉に、今度は直人がきょとんとする。美香は笑って、 「そう。慶大生は、みんな慶早戦って言うんだよ」 「へぇ。初めて聞きました」 「そう?わりと有名だよ」 「いえ。知らなかったです。でも、早慶戦って言う方が、語呂がいいですよね?」 「いいえ。そんなことないです。慶早戦の方がシックリきます」  そこで2人は、一瞬顔を見つめ合ってから、ハハハと声を出して笑った。  そして、彼女は残りのコーヒーを飲み干し、腕時計に目をやると、 「あっ、いけない。急ぎの仕事があるんだ!」  慌てて立ち上がり、急いでもう一杯のインスタントコーヒーを淹れると、 「じゃ、もうひと頑張りだね!」  小さく手を振って、席に戻っていった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加