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3
年が明けた。
直人は、美香にひとつのプレゼントを渡した。
1月生まれの彼女への、誕生日プレゼント。それは、彼女のイメージの、淡い色の小さな花柄のティーカップ。
「ありがとう」
嬉しそうな笑顔で受け取ってくれたけど、
(使ってくれるかな)
次の日から、直人は、お茶を飲む美香の手元に注意が行くようになった。
しばらくは、いつものカップだった。
けど、ある週明けの月曜日。
食堂から戻ってきた彼女の右手を見て、
(やった!)
机の下で小さくガッツポーズ。同時に、気恥ずかしさ。
と、彼女と、その隣の席の中年女子社員の会話が聞こえてきた。
「へぇ、美香ちゃん、そのカップ可愛いじゃん。新しいの買ったの?」
「あっ、いえ。頂き物です」
「えっ?もしかして……」
「違いますよ!」
楽しげに笑い合う二人の声。
否定はしながら、嫌そうでもなくて、ホッとしつつ、こそばゆい感覚になる。
その日から、3時頃になると、毎日のように、彼女に休憩を合わせるようにした。
いつものように談笑しながらも、恥かしくて、カップを使ってくれていることには気づかぬ振りをしていた。
当然、彼女は、そんなことぐらい見抜いていただろうけれど。
ところが……。
2月に入った頃から、美香の態度が急にそっけなくなった。
3時の休憩で食堂に行った時も、いつもなら、そこで数分ほど話をするのに、チラッと直人を見ただけで表情も変えず、
「お疲れ様です」
すぐに席に戻ってしまう。話しかけるチャンスを与えないかのように。
何日か経った後で、すれ違いざまに席に戻ろうとする美香に、
「倉澤さん、ちょっと話したいことが……」
「ごめんなさい。今日忙しいんだ……」
直人が言い終わらぬうちにそう言って、足早に去ってしまった。
(なんで?嫌われた?)
訳が分からず、悶々とする直人。一方で、カップは使い続けてくれている。
(なら大丈夫。嫌われてはいない)
白か黒か、心の中でオセロが激しくひっくり返るような感覚に、心が段々と疲弊していく……。
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