背徳と闇の帷ー05

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桜色の眼に見つめられ、赤い眼はひろひろと揺れる。 どう、したの……?とユキトが問うと、ニハルは意識を戻し謝った。 ユキトとアメオの結婚式を思い出していたとは、なんとなく言えない。 白いもふもふの毛並みを撫でるのを再開した。 ニハルの兄従兄弟である最上ユキトは、同じく兄従兄弟である最上アメオとドッグブリーダーをしている。 昔から愛し合っていた二人が結婚して同棲のも一緒に同じ仕事をするのも、至極自然だと思った。 ただ、それが男同士である事は、世間的には珍しいだけで。 それでもこうして一緒に寄り添っているという事実は、やっぱり羨ましくて。 「……何か、悩みがあるの?」 ユキトが小声で訊いてきて、不意を突かれたニハルは、え、と漏らした。 「だってニハルがこうやって家に来るのって、何か相談したい時でしょ?」 そう言われ、確かにそうであることを自覚する。 「悩みって程じゃ、なくて……ただ、」 ニハルに撫でられた白犬は嬉しそうな顔をしていた。 「もやもやは、ずっとしてる。よくわかんないけど、なんだかずっと」 ああ〜思春期だなあ〜、と赤い眼が見つめているのをニハルは気付かない。 その思いが、ユキトと同じく兄従兄弟の最上サダハルに向けてである事も気付いていなかった。 ただ、ユキトは少し口角を上げる。 「あ、そういえば、サダハル帰ってくるって。一週間後くらいに」 ユキトの何気無い情報にニハルは変な声を出した。 「きっ聞いてないよ!?一週間後ってすぐじゃん!!どうしよ、シールもう無い……お金も無い………!!」 わたわたするニハルに、落ち着いて、とユキトは声を掛ける。 「お金なら貸すから」 「そんな、悪いよ……!!」 「タトゥー隠しのシールって2000円くらいでしょ?その位なら気にしなくていいよ」 「でも……うう、背に腹は変えられない……有り難く借りさせてもらいます……」 「いいよいいよ、出世払いってことで」 そう言って振ったユキトの左薬指に嵌められたリングが、きらりと光を反射した。 そして、その帰りにニハルはメジロの店の扉を開くのだった。 最上ニハルという少年の件は、メジロにとっても印象深く、同時に教訓になった例だ。 森色の彼が初めて店に訪れたのは季節が二回変わる前だった。 ニハルが大べそをかきながら入ってきた時は、流石のメジロも驚いた。 どうした、と訊く前に、ニハルは刺青を挿れてくれと頼んできた。 柄を決めるのも適当で、ずっと泣きながら兎に角痛くしてくれと注文された。 流石のメジロもどうかと思ったが、ニハルが全財産を叩きつけてきたので折れた。 実際、その金額に目が眩んだのも認める。 ただ、客のどんな要望にも応えるのが一流の彫り師だという信念を当時は持っていた。 今思えば、お互い未熟だった。 刺青は、一生付き合う物なのだ。 そんな大切な物を自暴自棄で挿れていい筈が無い。 でも、二人ともその時はそれに気付かなかったのだ。 ニハルは痛みに呻き泣きながらも、刺青を挿れるのに耐えきった。 腰に蝶が飛ぶ。 訊けば、ニハルの好きな人が外国へ行ってしまったらしい。 とても近い存在だったという。 その人が、いつまでかわからない期間遠くへ行ってしまった。 それを悲しんで刺青を挿れようというのは、中々飛んだ発想だ。 だが、それは戒めだったのだろう。 蝶は控えめに、しかし雄大に羽ばたいた。
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