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最上ニハルの腰には、蝶が飛んでいる。
その刺青を隠し通して生きるのは難しかった。
実際、体育着に着替える時はクラスメイトの目に映ってしまう。
ニハルは自暴自棄になっていたので、それがバレて高校での立場が悪くなっても構わないと思っていた。
しかし、その秘密に誰も触れなかった。
着替えを共にするクラスメイト達は、それを話題にしない。
だから女子達はその蝶を知らなかったし、教師も知らない者が多かった。
一度素行の悪い奴らが茶化そうとしたが、他の男子生徒の圧でそれも不発で終わる。
ニハルは今も、生徒会で書記の位置に居た。
別にその地位を保持したいわけではないが、それでもこうして居られる事に感謝をしていた。
繊細な動きの筆が、爪をグリーンエメラルドに染めていく。
長い睫毛に隠れた銀色は、それを考え無く見つめていた。
ネイルサロン空調は程良いが、外は木枯らしが吹いている。
爪を鮮やかにしていくポリッシュの隣には、小さな光る粒が置かれていた。
「今日はストーン付けたいとか、どっかデートでも行くの?」
爪を滑る刷毛に集中しながらも、朱眼のネイリストは問う。
「デートじゃないよ。でも、週末にサダハルが帰ってくるからね」
それを聞き大田マジリは顔を上げた。
「えっ!?サダさん帰ってくるの!?そりゃ気合い入れなきゃだね!」
やったあ、と彼の純粋なファンであるマジリは喜んだ。
「ねえねえ、写真撮ってきてよ!お願い!!」
「いいよ。して欲しいファンサとかある?」
「えー!!ファンサくれるの!?じゃあ指ハートとウィンクお願いしていい!?」
「わかった。頼んでみるね」
きゃいきゃいと笑うマジリにイチナも頬が弛む。
「それにしても、サダさんまた遠出してたの?ファンの身からすると、そろそろ供給欲しいんだけど」
「それに関しては本当に申し訳ない。でも俺にはどうしようもないからなあ」
「それはそう。サダさんが楽しいならしょうがないけど……やっぱねえ?」
悪魔でもファン視線のマジリに苦笑した。
「とはいえ、マジリも立派なネイリストかあ」
級友である彼がこんな職に就くとは、小学校からの腐れ縁である当時は思ってもみなかった。
昔から身嗜みに気を使う人間だったから、当然とも言えるが。
「それ言ったらイチナは今農家でしょ?看護師の方が儲かったんじゃない?」
「う〜ん……キツい仕事だったからなあ……農家って言っても俺は経営担当だし、今のが楽しいかもしれない」
「やっぱゴロウと一緒は楽しい?」
ニヤニヤと笑ってくるので、その言葉に含みがあるのはわかるが敢えて無視をした。
「そりゃ楽しいよ。アイツが楽しそうだから」
その答えに、ふ〜ん、と目を薄めるマジリは、悪く言えばやはり下世話だ。
しかし、そんな彼の正直な反応は嫌じゃなかった。
昔、最上の者達はアマチュアのダンスグループを組んでいた。
『ライトスターズ』と名付けられたグループの活動は、イチナにとって名の通り輝く星の様だった。
しかし、その活動もささやかなもので、長くは続かなかった。
解散する時、若い彼らはそれぞれの道を歩むと決め、イチナも仕事に集中する事にした。
ただ、サダハルだけはタレント事務所に引き抜かれ、今でもモデルをしている。
といってもその活動は不定期で、サダハルはバイクで日本を旅してばかりいた。
ライトスターズの頃から純粋に応援してくれていたマジリは、今でも元メンバーの最上兄弟達と仲が良い。
特に今も交流があるイチナにとって、彼はとても有難い存在だった。
「じゃ、写真絶対頂戴ね!!」
ネイルサロンを出る間際、そう念を押され、イチナは笑ってしまった。
「楽しみにしてて」
活動を辞めてしまったイチナにとって、それくらいしか出来ないから。
サダハルの眩しい笑顔は、イチナも好きだった。
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