背徳と闇の帷ー05

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最上ニハルの腰には、蝶が飛んでいる。 その刺青を隠し通して生きるのは難しかった。 実際、体育着に着替える時はクラスメイトの目に映ってしまう。 ニハルは自暴自棄になっていたので、それがバレて高校での立場が悪くなっても構わないと思っていた。 しかし、その秘密に誰も触れなかった。 着替えを共にするクラスメイト達は、それを話題にしない。 だから女子達はその蝶を知らなかったし、教師も知らない者が多かった。 一度素行の悪い奴らが茶化そうとしたが、他の男子生徒の圧でそれも不発で終わる。 ニハルは今も、生徒会で書記の位置に居た。 別にその地位を保持したいわけではないが、それでもこうして居られる事に感謝をしていた。 繊細な動きの筆が、爪をグリーンエメラルドに染めていく。 長い睫毛に隠れた銀色は、それを考え無く見つめていた。 ネイルサロン空調は程良いが、外は木枯らしが吹いている。 爪を鮮やかにしていくポリッシュの隣には、小さな光る粒が置かれていた。 「今日はストーン付けたいとか、どっかデートでも行くの?」 爪を滑る刷毛に集中しながらも、朱眼のネイリストは問う。 「デートじゃないよ。でも、週末にサダハルが帰ってくるからね」 それを聞き大田マジリは顔を上げた。 「えっ!?サダさん帰ってくるの!?そりゃ気合い入れなきゃだね!」 やったあ、と彼の純粋なファンであるマジリは喜んだ。 「ねえねえ、写真撮ってきてよ!お願い!!」 「いいよ。して欲しいファンサとかある?」 「えー!!ファンサくれるの!?じゃあ指ハートとウィンクお願いしていい!?」 「わかった。頼んでみるね」 きゃいきゃいと笑うマジリにイチナも頬が弛む。 「それにしても、サダさんまた遠出してたの?ファンの身からすると、そろそろ供給欲しいんだけど」 「それに関しては本当に申し訳ない。でも俺にはどうしようもないからなあ」 「それはそう。サダさんが楽しいならしょうがないけど……やっぱねえ?」 悪魔でもファン視線のマジリに苦笑した。 「とはいえ、マジリも立派なネイリストかあ」 級友である彼がこんな職に就くとは、小学校からの腐れ縁である当時は思ってもみなかった。 昔から身嗜みに気を使う人間だったから、当然とも言えるが。 「それ言ったらイチナは今農家でしょ?看護師の方が儲かったんじゃない?」 「う〜ん……キツい仕事だったからなあ……農家って言っても俺は経営担当だし、今のが楽しいかもしれない」 「やっぱゴロウと一緒は楽しい?」 ニヤニヤと笑ってくるので、その言葉に含みがあるのはわかるが敢えて無視をした。 「そりゃ楽しいよ。アイツが楽しそうだから」 その答えに、ふ〜ん、と目を薄めるマジリは、悪く言えばやはり下世話だ。 しかし、そんな彼の正直な反応は嫌じゃなかった。 昔、最上の者達はアマチュアのダンスグループを組んでいた。 『ライトスターズ』と名付けられたグループの活動は、イチナにとって名の通り輝く星の様だった。 しかし、その活動もささやかなもので、長くは続かなかった。 解散する時、若い彼らはそれぞれの道を歩むと決め、イチナも仕事に集中する事にした。 ただ、サダハルだけはタレント事務所に引き抜かれ、今でもモデルをしている。 といってもその活動は不定期で、サダハルはバイクで日本を旅してばかりいた。 ライトスターズの頃から純粋に応援してくれていたマジリは、今でも元メンバーの最上兄弟達と仲が良い。 特に今も交流があるイチナにとって、彼はとても有難い存在だった。 「じゃ、写真絶対頂戴ね!!」 ネイルサロンを出る間際、そう念を押され、イチナは笑ってしまった。 「楽しみにしてて」 活動を辞めてしまったイチナにとって、それくらいしか出来ないから。 サダハルの眩しい笑顔は、イチナも好きだった。
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