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ライブハウスのライブってこんなに楽しいんだ。対バンだから色んな人に挨拶して、色んな音楽も聞けて。自分の出番のときは記憶がないくらい緊張したけど、路上ライブと違ってステージに立った満足感がある。
「打ち上げにリナを誘ってこっちは惹き付けとくから」
タケルさんが機材を片付けながら内緒話。
「トモヤから帰りは送るから待ってるってメールが来たけど、本当にいるかどうか」
「待ってるって、ステージからよく見えた。あいつモナちゃんばかり見てたし、リナのことは全然見てなかった」
「演奏中に客席見る余裕なんてあるんですね」
「ライブ慣れすればモナちゃんも出来るようになるよ、客の反応を観察する」
「またライブやりたいなぁ」
「だな。またライブやろう。『大切な宝物を近くに置くと失うから 鍵を掛けて引出しの奥に隠した』いい歌詞が書けたな。モナちゃんの宝物はトモヤか?熱いな、冬なのに」
「違いますよ、私の大切な宝物はこれ」
私はあのときの500円玉をコイントスして見せる。
タケルさんは500円玉の回転を見ながら、真剣な眼差しで問い掛けてくる。
「俺が勝ったら二人でバックレる?」
「待ち合わせバックレてどうするんですか?」
「二人だけで愛を語らう」
耳元で囁くタケルさんの声に動揺して、手の甲に押し付けたコインを落とした。
「あっ…」
ライブハウスのガヤガヤした楽屋裏の黒い床を、500円玉が転がっていく。
「俺は裏」
車輪のように縦回転するコインを見てタケルさんが先に賭けた。コインが倒れる方向が見えた気がした。
「私、表」
500玉は表の桐の花だった。
「モナちゃんの勝ちか、諦めるよ」
「私は勝ちの場合の条件出してませんよ?なんでだかわかります?」
「…自惚れていい?同じ事考えてた?」
宝物の500円玉を拾い上げて私は震える声でタケルさんに囁き返した。
「好きです」
タケルさんが私の手を取って、ライブハウスの階段を駆け上がる。地下から地上に戻った吸血鬼みたいな気分。そのまま機材を積む車に乗って、スタッドレスタイヤで雪道を走り抜ける。渋滞する駅近の交差点。
「愛してる」
そう言うとタケルさんは頬に優しく唇を寄せてくれた。赤信号と前の車のテールランプが雪道を桜色に照らす。信号が変わった瞬間、桜色の雪は若緑に変わる。桜の花と若葉のような淡色の雪が二人の心を冬から春へと誘っていく。
走り出した渋滞気味の車。
「ずっと一緒にいような」
タケルさんがシフトレバー越しに手を繋いでくれた。握り返して小さく頷いた。
『大切だから隠したいのに、伝えずにはいられない』
オリジナル曲2曲目はタケルさんへの告白の歌詞。全部見抜かれてた。曲名は「リアライズ」、二人の始まりの曲。
(了)
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