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「社長、おはようございます」
月曜日。朝の出迎えもすっかり板につき、ジェイクはまるで土曜夜に何も無かったかのようにヒースのコートを受け取り、ヒースもまたいつもどおりに淡々と読み上げられる予定を適当に聞いていた。
そしてオフィスに着くとまずは椅子ではなくデスクに腰掛け、用意されたコーヒーを飲みながらSNSに上げられている写真をチェックし、スタッフたちの週末の思い出話に軽く耳を傾けていた。
彼は個人的なSNSを一切やらないが、仕事の関係者や付き合いのある歌手やモデルたちの上げる写真に収められていることが多いので、彼の休日は自動的にそれらのフォロワーたちに知られることになる。そして彼は昨日、カーライル・ホテル創業者、ヴァルフレード・カーライルの孫娘である実業家クリスティアナが主催するイベントに招待されていたらしいことが、同じくゲストとして招かれていたハリウッドの若手女優が投稿した写真によって判明している。彼は自身のプライベートを自ら晒すようなことはしないが、自社製品のブランディングや広告のために晒されることは厭わないようで、このようなソーシャルイベントやパーティーで撮られた写真は、その規模を問わず誰であろうと許可を得なくとも勝手に使っていいこととしていた。
ついでにスタッフが個人的に撮った彼のオフィスでの光景にも公開許可を出しているというから、生身の人間に対しては狭小な器を持つわりに、メディアに関してはいやに寛大な不思議な性質だとジェイクは思っている。
性格はねじ曲がっているしそれに伴い目つきも良くないが、日頃の彼を知らぬ人間にとっては、写真の中のヒースは裏方でいるのが惜しい色男に映るだろう。ジェイクとて、ある日何の気なしに目を通した特集記事での彼の眼差しに射抜かれたのだ。この会社を志望した決定的な理由とまではいかないが、その写真によって彼に惹かれたことは確かである。
「レナーはもう何ヶ月と更新がないようだ」
スマートフォンを片手にヒースがつぶやくと、ジェイクは「僕も社長と同じ使い方をしてるだけです」と返した。
「同じ使い方?」
「今やただの監視ツールってことです。自分で投稿をするのがもう飽きたというか、面倒になってきたので」
「監視とは悪質だな」
「けど最近は見るのすらも億劫になってきました」
そう言うとジェイクはおもむろに彼の方へ携帯をかざし、デスクに腰掛けているヒースの写真を撮った。
「久々の投稿はこれにしよう」
特に加工もせず、文章を打ち込みアップすると、ヒースがさっそく読み上げた。
「……僕がようやく名前で呼ばれるようになってから、14日目の朝。この人が例の意地悪な社長」
「うわ、兄さんだ……」
昼休みに久々に開いた画像アプリをスクロールしていたら、数々の写真に埋もれて突如兄の姿が出現し、ジャレットは思わず顔を引きつらせ指を止めた。しかも投稿者はジェイクだ。数ヶ月ぶりの投稿のようだが、ハートマークをつける気にはならなかった。
だが昨夜アップされたアーミーの写真には、土曜夜のことは特に意識せずハートを押した。家族と親戚と兄の婚約者での食事会という、実にほほえましい幸せな光景だったからだ。ちなみにジャレットが投稿するとヒースが即座に反応してくるので、それが鬱陶しくて彼もほとんど写真を載せることはなく、去年のクリスマスに親族一同が集まったときの記念写真以来、更新していなかった。だからほとんど他人の投稿を見ることしかないが、情報は日々膨大に更新されていくので、追うのも一苦労である。
それにしても、ジェイクがこんな写真を投稿するようになったのだから、ふたりの仲もすっかり良好のようだ。デスクに腰掛けて脚をクロスし、片手をポケットに突っ込んでコーヒーを飲むヒースの姿。なんでもないいつもの姿であるが、そういえば自分も久しく彼を見ていない。険悪なわけでもないのだから、そろそろ顔を見せに行ってもいいかな、とジャレットは思った。
「意地悪な社長か……」
薄く笑って、やっぱりハートマークをつけた。
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