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作中のロビーとカレンは男女として互いを意識するが、正式な恋仲というものには踏み込めず長らく一進一退を繰り返している。それはドラマの進行上の設定ではあるが、素直にくっつくことのできないふたりのもどかしさも、ファンには欠かせない楽しみのようだ。
おかげでいつまでもぐずぐずとして次のステップに進まない。何度か酔った勢いでセックスはしているのに、どういうわけか次の回では何事も無かったかのように、仕事上のパートナーとしてふたりで同じ困難に立ち向かっている。さらにロビーの別居中の妻というのもたびたび物語に登場しては、夫との復縁願望を匂わせてカレンをやきもきさせるだけで去っていく、という小悪魔のような所業を繰り返している。
離婚をしていない別居中の妻という存在があるかぎり、どれほどロビーとカレンが惹かれあっても、彼らは不倫関係にしかならない。なぜ離婚をしないのかといえば、いちばんはひとり息子のためでもあるのだが、明言はしていなくともロビーにもまだわずかながら妻への未練があるのだろう。カレンはこの関係においてもやはり損な役回りを押し付けられているのである。
それが何となく、ジャレットと重なるのだ。すなわちロビーとカレンは、ザックとジャレットによく似ている。ドラマを観てロビーのことを意気地のない優柔不断な男だと思うたび、その情けない男の姿はそのまま自分に置き換えられるのだと気付き、ザックはたびたび苦い気持ちにさせられていた。
さきほどから、サイモンの視線は袖口のヤマネコにちらちらと向けられている。特に何かを感じているようではなく、ただ無意識に見てしまうようだ。ふたりの恋愛についての質問を終えインタビューがこちらに向けられたタイミングで、ザックが「いいでしょう、これ」とサイモンの目の前に右手をかかげてヤマネコを見せると、彼は「気付かれたか」と笑い、「博士とおんなじ目で、さっきから僕のことを見つめてくるんだ」と言った。
俳優でないザックには、恋愛についての質問などされない。なおかつこの歳で薬指に指輪がないことから、どうにも触れにくいことと思われているようだ。だがそのような鬱陶しい問いかけなどされたくないので、彼らが触れてこないことはありがたかった。しかしインタビュアーはこのなごやかな空気の中で「今ならいける」と踏んだのか、定められていた質問事項から逸脱したことを問いかけてきた。
「素敵なカフスですね。プレゼントですか?」
「ええ。私では選ばないデザインですが、気に入ってるので重要な日には必ず付けてくるのです」
「博士のことをよく存じている方からの贈り物のように見受けます」
「そうでしょう」
「博士は本の執筆や演技の指導には熱心なご様子ですが、これまでパーソナルな部分をメディアに語ることがほとんど無かった。無論プライベートなことも。……意図的に避けているのでしたら失礼ですが、あなたの素顔を知りたいというファンの方も大勢いるはずです」
サイモンが「でも博士はミステリアスなのがいいんだよ。そういう仕事だし」とフォローしてくれたが、マーゴットは「実は私も博士のことはずっと気になっていたわ」と無邪気な顔で横槍を入れた。
「なるほど。ではご両人の意見を統合して、そのヤマネコはどんな方から贈られたのか、抽象的でいいのでお聞かせ願います」
ザックは苦々しい気持ちになったが、悟られぬよう涼やかな表情を保ってそれを受け入れた。家庭のことを聞かれなかったのは救いであった。
「ロビーにとっての、カレンのような存在ですよ。しかしふたりのように前途多難な恋路の中にあるわけじゃない。互いの存在意義を明確に見定め、争うこともなくやれています。私たちの関係はずっと良好だ」
めずらしく嘘をつけなかったので、このインタビューがボツにされるか、あるいはこの雑誌が娘たちの目に触れないことを祈った。もしもボツにされなければ、自分ひとりがいくら掲載を拒んだところで、どうせ記事にされるのは目に見えている。
「その方も同じ仕事を?」
「いえ、まったく違う仕事をしています」
「その方の好きなところをひとつ挙げるとしたら?」
「マーゴットのように無垢で天真爛漫なところでしょうか」
「では博士とは正反対?」
「ははは。ええ、まさしく」
「博士も人間なんだわ、って感じね」
マーゴットの言葉に、周囲が小さく笑い声をあげた。
「貴重なお話を伺えました。ありがとうございます」
「いえ。こんなに偉大なお二方をさしおいて私自身のことに触れられるなんて、きっと後にも先にも今日だけだ。こちらこそ貴重な体験ができましたよ」
多忙な俳優たちのスケジュール通りに、なごやかな雰囲気のまま昼過ぎには取材を終えた。撮影現場の上階にあった喫煙所の大きな窓から、雲の広がってきた空を見上げる。
ロビーとカレンの未来はまだ見えぬが、明確であったはずの自分とジャレットの関係にも答えが見えなくなってきた。
あの土曜の夜に、アーミーのことを語っていたジャレットの顔を思い起こす。専門家である自分ですら、なんとも言えないような顔をしていた。反して、翌日にレストランのトイレで鉢合わせたアーミーがジャレットのことを語るときの顔には、実にわかりやすい「慕情」がありありと浮かんでいた。ふつうの生徒としてではなく、ひとりの人間として特殊な感情をジャレットに抱いているのがはっきりと伝わってきた。
今日のインタビュー記事をもしもジャレットが読んだら、彼はいったいどんな顔をするのだろう。他人であればたやすくその先の心情を予測できるが、あの青年に対してはやはり勘が鈍るのだ。灰色の空に紫煙が渦をまいて重なり、きょうは水曜日なのに、早くジャレットに会いたいと思った。
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