第一章 邂逅 一 ちから

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「現地に行ったことがないのにそんなに流暢なアムハラ語を話せるなんて、すごいわ。多くの日本人が、頭が良くて勤勉だという話は本当だったのね」  感心しきりといった様子の女性の言葉に笑っていると、席に座ったスティーヴンが問いかけてくる。 「大和。彼女はいま、なんて言ったんだ?」 「失礼いたしました。私の話すアムハラ語が綺麗だと、褒めてくださいました」  この場で話されている全員の言葉を理解できているのは私だけだ。女性からスティーヴンに視線を移して説明すると、彼は実に満足そうに頷いた。  私の耳には、全員が私の母国語である日本語を話しているように聞こえる。だが、それは私がそう知覚しているというだけの話であって、事実とは違う。  スティーヴンは華やかな笑顔を浮かべ、女性へと話しかける。 「そうでしょう。彼は、僕が神から授かった最強の通訳なんですよ」 「私は、神から授かった最強の通訳なんですよ、と、スティーヴンは言ってくれています」  他者が自分を褒める言葉を復唱するのは気恥ずかしいものだが、私が話さねば、スティーヴンの言葉は彼女たちには伝わらない。女性は楽しそうに笑った。 「本当に最強の通訳ね。私はアレム。彼はハイレよ。今日はアムハラ語で話せるから、楽にお話しできるわね。嬉しいわ」 「彼女はアレムさん。彼はハイレさんです。今日はアムハラ語で話せるから、楽にお話ができると喜んでくださっています」  アレムと名乗った女性の言葉を、今度はスティーヴンに向けて私が復唱する。 「ええ、ぜひ気楽になんでも話してください。良い会議にしましょう。よろしくお願いします。アレムさん、ハイレさん」  頷いたスティーヴンの言葉によって会話が仕切られ、そこから本格的な会議が始まる。  この場で話されている言語は、常識的に考えれば英語とアムハラ語だ。通訳である私は、その二言語を巧みに操り翻訳をする必要がある。  しかし、私はアムハラ語という言語があることをこの仕事が来るまで聞いたこともなかったし、エチオピアがどこにある国なのかも知らない。次々に発言する三人の言葉を、聞こえたままに復唱していく。ただの単純作業だ。私には会議で使われる専門用語の半分も理解できないが、耳に聞こえたまま言葉を復唱するだけなので、困ることはない。  私の耳には、この地球上のあらゆる言葉が、私の母国語である日本語に聞こえる。また聞くだけではなく、話しかける相手に最も理解しやすい言語で話すこともできる。理由や原理はまったくもってわからないが、これは私が幼い頃より持っていた特殊能力だった。
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