終章 古鳥

1/3
36人が本棚に入れています
本棚に追加
/75ページ

終章 古鳥

 ビルに遮られることのない薄水色の空は、抜けるように高い。  焼け付くようだった暑さは落ち着き、時折吹く風はすっかり秋模様だ。私は閉じていた瞼をゆっくりと開き、立ち上がった。  ここは、山の斜面に段をつけるようにして作られた墓地。目の前には祖父母の墓がある。先ほどあげた線香の煙が、風に乗って流れていく。視線を向ければ、ここからはダムがよく見えた。その底に故郷が沈んでいるという事実を考えなければ、緑の中に広がる水面は美しい。  ぼうっと景色を眺めていると、背後から足音が聞こえた。振り返ると、そこには高橋さんがいた。彼女は眉根を寄せ、不安げな表情を浮かべている。 「どうかしたのですか。今はまだ学校に子供たちがいる時間では?」 「学校に警察官が来ました。なにか話を聞きたいと」  彼女の言葉に、私は目を細める。実際に警察がどういった要件でやってきたのかはわからないが、なんとなく察しはつく。あの潜暗夜のことは極力外部に漏らさないようにしてきたが、すべてを隠し通せるものではないだろう。しかし、実際になにが起こったのかまで掴んではいないはずだ。 「警察の方はいまも学校に?」 「いえ。子供たちを不安にさせないようにと、話は放課後にしていただくことにして、ひとまず町役場に案内しました。いまは安倍さんが留めております」  安倍さんとは、私とホゥロが加藤家に潜んでいたとき、雄大さんの元を訪ねてきた、役場勤務の女性だ。 「わかりました、私も行きましょう。高橋さんは学校に戻ってください。あと……念のため、ホゥロに『あの家』に来ておいてくれと電話をしていただけますか」 「かしこまりました」  高橋さんの返事を聞いてから踵を返して石段を上り、墓地を出た。アスファルト舗装された道に出ると、そこには白い軽トラックが停まっている。助手席に乗り込むと、運転席に座って待っていた真澄に声をかけられる。 「墓参り、もういいのか。いま誰か来てたようだが」 「ああ。高橋さんが知らせに来てくれたんだが、外から警察が来たそうだ。市内の警察で、倉田先生がなにかを訴えたのかもしれない。ありのままを話していたんだとしたら、とても常識的に考えて信じられるものではないだろうから、警察も本気にしてはいないだろうが。あくまで確認にきた……とかかな」 「倉田先生だって、警察に訴えられるような立場じゃねぇだろ」  潜暗夜の後、私は、真澄に穂地村での悲惨な過去を話していた。倉田先生が、そして古鳥の人間が私の祖父母になにをしたのか、幼かった私がなにを見たのか。真澄は祖父母と私の境遇を憐れみ、知らなかったことを悔いながら、私が無意識に古鳥への復讐を願ったことを許してくれた。 「それはそうだが、祖父母のことは事故としてすでに処理が済んでしまっているしな。まあ、他の情報源からやってきたのかもしれないが」 「どうするんだ?」 「町内会長として私が対応する。すまないが、役場まで送ってくれないか?」 「了解」  エンジンがかかり、軽トラックは滑らかに走り出した。木々の間を走り、目的地へと向かう。助手席の窓から外を眺めると、潜暗夜の前となにも変わらない古鳥の様子が窺える。  倉田先生を殺すかどうかを迫られたとき、私は結局、高橋さんを止める言葉を放った。役場に移動し、町内放送に乗せて私が命令を下し、それで潜暗夜は終わった。すでに殺されてしまった者も多くいたが、生き残った者たちもいる。  阿弥トンネルを復旧させた後、私は真澄と共に、倉田先生を古鳥の外に追放した。そして、彼の代わりに町内会長として、後処理を進めてきたのだ。  真澄を含めて生き残った古鳥の者たちとは、ことを荒立てず、すべてを古鳥の中で収めることで合意した。古鳥の人間に成り代わった陰の民を内包し、共存するような形で、古鳥は元あった姿に戻ったのだ。  あくまで表面上は、という注釈付きではあるが。
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!