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リニューアルした食堂はクローバー模様のテーブルクロスが爽やかでおいしそうな香りが漂っている。大人数用のテーブルが壁側に2つ。他は1~2人で食べられる小さめのテーブルが20ほど並んでいる。1時間ずらしたからかあまり混んではいなかった。
入口や壁に貼られているメニューは写真付きでお薦めポイントが書かれている。鈴音は昔からあるおにぎりかご飯を選べる唐揚げ定食。鈴音はおにぎり推しだ。揚げたてのから揚げ、レタスたっぷりのサラダとポテトサラダ、お任せ味噌汁、おにぎりは海苔も巻かれた小ぶりの三角。中身は鮭とおかか。何度食べても厭きないし、食べるたびに美味しくなる気がする。
紗耶香は今回からの新メニュー、デザートのプリンがついたミックスフライ定食だ。飲み物はセルフで温かいほうじ茶を選んで空いている席に着く。
「いただきます」
2人の声が小さく揃う。カリッと香ばしく揚がった唐揚げに思わず目元が緩む。紗耶香は夢中で食べている。この食べっぷりは嫌いじゃない。双方のペースで完食してお茶を飲みながら余韻に浸る。あ、と紗耶香が声をあげた。
「忘れるところだった。例のミュージカル、チケット取れたよ」
「本当に!?」
思わず大きな声を出し、周囲の視線にもごもごと謝罪して座り直す。人気の高いミュージカル。どうしても行きたかったから劇団の伝がありそうな紗耶香に話題を振っていたのだ。普段邪険にしているくせにこうやって利用しようとしている自分が嫌いだ。
「私も行くけど、はやちゃんと席は離れているから安心して」
こういう気遣い上手なところも惨めな気持ちになってイライラする。財布からチケット代を取り出して渡した。
「……小暮さんは緊張したり、失敗したりすることなんてなさそうですよね」
お礼を言うはずが出てきたのは卑屈な言葉で鈴音は内心頭を抱えた。
「え、するよ? カーテンコールなんて死にそうだもの」
「?」
「役に入っている時は自分じゃないから色々できるけど、カーテンコールは役から半分抜けるから一気にお客さんの反応とか、自分の出来とか気にしちゃって」
そんなネガティブな感情を抱くことがあるのかと鈴音は軽く目を見開く。紗耶香はそんな様子を見て苦笑した。
「はやちゃんから見る私がどんなのかわからないけど、私、結構ビビりだから怖いこと回避するのに頑張ってるだけだよ。だから、耳をつい傾けてしまう声で、いつも落ち着いているはやちゃんは羨ましい」
私が、羨ましい? 鈴音は目を泳がせた。そんな風に褒められたことが今までなかったから。もっと驚いたのはその言葉がうれしいと感じたこと。混乱して目眩が起きそうだったから休み時間の終わりに気付いた体で立ち上がった。
「小暮さん、チケット、ありがとう」
「うん」
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