あなたの空に届け

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第23章   それから芳樹からの連絡が途絶えた。携帯も通じなかった。思い余って芳樹の家を訪ねたが、門の前まで来て、お父さんらしき姿を見た瞬間、足がすくんでしまった。  フランスへはいつ旅立つのだろうか。もう行ってしまったのだろうか。携帯もつながらないということは、彼は彼の夢を持ってフランスへ旅立ったのだろうと思った。  でも、せめて出発の日くらい教えてくれても良かったのにと思った。芳樹は別れが辛いから見送りはいいから、その日も言わないねと言ったけど、今思うとやっぱり成田で最後のお別れをしたかった。  それから少しして、私の元に絵葉書が届いた。彼からだった。私は舞い上がった。それはイギリスのロンドンからだった。 「元気ですか? 僕は今、イギリスのロンドンにいます。これからセント・パンクラスからパリにユーロスターで向かいます。ついにパリです!」  絵葉書にはロンドンの二階建てのバスとタワーブリッジ、バッキンガム宮殿の写真が載っていた。 (芳樹はイギリスにいる)  私は芳樹の居場所がわかっただけで狂喜した。今まで音信不通だったのが、彼の字で彼の言葉で彼の存在を知らせてくれた。私はそれだけで胸が一杯になった。  私は早速インターネットで地図を見た。イギリスを検索し、ロンドンを探し、そこからセント・パンクラス駅を見つけた。  芳樹はここからユーロスターでパリに行くと書いてある。パリのどこに到着するのかをインターネットで調べるとパリの北駅と書いてあった。所要時間は2時間15分。この絵葉書を投函したのが5日も前だからとっくに彼はパリに到着している。  芳樹はパリのどこに住むのだろうか。次に私はそれが気になった。でもきっとそれも落ち着いた頃に知らせてくれると思った。彼がどれくらいパリにいるのかはわからないけど、落ち着いたら私に来てくれなんて言ってくれないだろうかと思った。もしそう言われたらどうしようと思った。大学の夏休みに1か月くらいなら可能だろうか。 私はその日、枕元にその絵葉書を置いて寝た。神様、芳樹の夢をどうか見せてくださいと明かりを消す前にそう祈った。 第24章   次の絵葉書はそれから3日後に届いた。 「これからパリ・リヨン駅からTGVに乗って、リヨンへ向かいます。リヨンのコンセルヴァトワールで何年間かお世話になる予定です」 (リヨン?) 私はその時に初めて芳樹がパリではなく、リヨンというところに落ち着くことを知った。 ―リヨン―  私はそこを早速インターネットで調べてみた。リヨン、フランス第二の規模を持つ街、食通の街リヨン、写真で見ると茶色い屋根がずらりと並んだ中世風な街だった。  芳樹はここに住むんだ。そう思ったらそのリヨンをもっとよく知りたくなった。そして調べれば調べるほど、その街が素晴らしく思えた。1998年にユネスコの世界文化遺産に登録され、私の大好きな「星の王子さま」の像がベルクールという広場に立っていたり、日帰りできる距離に「ポール・ボキューズ」をはじめとする有名料理店があったり、まるで夢のような街に彼が行ったのかと思ったら、私もそこに行ってみたくなった。  芳樹はこのリヨンのどこに住んでいるのだろう。パリからTGVに乗って約2時間でパール・デューという駅に着いて、そしてそこからどうしたら彼の住むところに行けるのだろうか。しかし、彼からの絵葉書はそれで途絶えた。それからは手紙は勿論のこと、電話も一切掛かっては来なかった。  その日も大学の図書館のパソコンでリヨンの街並みを見ていた。コンセルヴァトワールという学校のことを調べていた。すると突然涙がボロボロとこぼれて来た。それはずっと止まらなかった。私は置いて行かれたことを悟った。芳樹にこの日本においてけぼりにされたことを知った。  それでもいつか、彼から突然リヨンに来ないかと連絡が来ることを信じていた。あの時二人で語った夢をいつか実現するために、今は辛くとも二人離れて必死に頑張っているのだとそう思いたかった。あの時は私はまだ子どもだった。芳樹がいつも私のことを甘やかしてくれていたから、私は何でも出来たような気がした。だから私は彼のお荷物にならないように一人立ちしなくてはいけないと思った。一人立ちが出来たら、リヨンの彼に会いに行っても邪魔者扱いされないと思った。 私はそれでずっと夢だった医学部を受験することにした。そう親に宣言すると、親も私の決心を喜んでくれた。それからは必死に勉強をした。私は今の大学を退学して受験だけに全精力を注いだ。芳樹とあの時語った夢を実現するために今は別々の場所で頑張っているその途中なのだと自分に言い聞かせて、私は死に物狂いでそれに集中した。  結果翌年の医学部受験に合格した。私はこれで彼に一歩近づけたような気がした。そして頑張ったでしょって今すぐにでも彼に伝えたかった。 「うん。美緒頑張ったね」  彼がそう笑顔で褒めてくれる姿が目に浮かんだ。  その日、父が恭しく私を部屋に呼んだ。私は合格のお祝いに食事にでも誘われるのかと思った。 「美緒、医学部に合格したお祝いに旅行でも行って来ないか?」  それは父からの突然の吉報だった。 「え?」 「というか既に申し込んでしまったんだよ」 「え?」 (嘘!) 「お前がよくリヨン、リヨンと言ってたからね。フランス旅行を申し込んで来た」 (え!)  私は飛び上がらんばかりだった。 「嘘!」 「嘘じゃないよ」  父が笑っていた。 「お父さんとお母さんは仕事があって行けないけど、お前一人ででも大丈夫だろ?」 「うん。それは平気だけど」 「じゃあ決まりだ」 「でもそれって、いつ?」 「パスポートの期限はまだ残ってただろう?」 「うん。香港に行く時に取ったものがまだ平気」 「急だけど、再来週の日曜日の出発だけど」 「再来週?」 「急過ぎるか? 大学の準備もあるから早い方がいいと思って」 「ううん、お父さん、ありがとう!」  私は芳樹の住むリヨンに行けるだけで胸が一杯だった。芳樹の住所はわからなかったけど、学校に訪ねて行けば、絶対に彼に会えると思った。
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