あなたの空に届け

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第5章   それから彼と私はそのパスタ屋さんを出て再び表参道を歩き始めた。表参道ヒルズはそこからすぐ近くだった。 「せっかくだから寄ってみる?」  目の前に表参道ヒルズが見えた。 「うん」 「来たことはある?」 「うん。開店の時に」 「へえ」 「凄い人だった」 「でしょ」 「芳樹さんは?」 「僕も一、二度かなあ」 「そうなんだ」 「職場が近いと却って来ないかもしれない」 「うん」  私はその入口にチョコレート屋さんを見つけた。きれいなお店だった。一瞬入りたいと思ったけど、瞬間に見えた値札が結構高かったので、私はためらった。 「ここはヴァレンタインくらいしか買えないでしょ」 「え?」 「しかも高いから本命じゃないと」  私は心を見透かされた感じがした。それで変なことを口走った。 「ここにかりんとう売ってるかな?」 「え? ここにはないと思うなあ」 「ヒルズに売ってるかりんとうなら、きっと高いかりんとうだと思ったら、私それを見てみたいなって思って」 「うん。確かに」  彼が面白いこと言うねと笑った。 「僕もそんなかりんとう見てみたい」 「でもどんなかりんとうなのかな」 「うん。それって金粉がまぶしてあるとか?」 「金のかりんとうですか?」 「うん」  彼は笑っていた。私はさっきは、かりんとうの話で彼を悲しくさせてしまったので、今度は楽しい気分になってもらえたかなと思った。 「さっきのかりんとうの話だけどね」 「え?」  そこで彼は話をぶり返した。 (また悲しい話になっちゃうの?) 「実は母じゃなくて、父が好きだったんだ」 「え? お父さんが?」 「うん。母から僕が毎日お土産にかりんとうを持って来るという話を聞いて、それで楽しみに病室へ来ると、いつも全部食べられてなくなってたから、毎日食べても飽きないほど美味しいそのかりんとうはどこで売ってるんだって母に聞いていたらしいんだ」 「へえ」  私はそれを聞いて少しおかしかった。 「僕の両親が付き合ってた頃、お決まりのデートのコースがあったらしくて」 「それってどの辺りですか?」 「湯島天満宮の付近だったらしい。不忍池とか、よく二人で散策したらしいんだ」 「へえ。いいなあ」 「その途中にやっぱり和菓子屋さんがあって、そこでよく父がかりんとうを買っていたんだって。それで散歩をしながらよく食べてたらしいんだ」 「そうなんですか」 「そのことを母が覚えていたんだよ。それで、母が父に食べてもらおうと思って、僕に買って来させてたらしいんだ」 「そうだったんですね」 「それなのに、僕はそのことを知らないから証拠を残しちゃいけないと思って、いつも全部無理して食べてたんだよ」 「証拠って?」 「看護士さんに見つかったら怒られるかなって思って」 「ああ」 「一人おっかない看護士さんがいるんだ。顔とか雰囲気が小学校の時によく怒られた先生に似てるんだ」  私はその時の彼の顔を見て笑ってしまった。 第6章    彼の仕事が忙しくてなかなか会えなかった。それで最初はまばらだった携帯でのメールのやり取りが次第に盛んになった。 最初は気が向いた時に「お元気ですか?」みたいなメールを送っていたものが、朝起きた時の「おはよう」に始まり、お昼休みに「今日のお昼は何ですか?」も加わり、仕事が終わった頃の「お疲れ様」、更には帰宅した時の「ただいま」、「お帰りなさい」と頻繁にやりとりが行われるようになった。 彼が帰宅するのは決まって深夜だった。私はそれまでに夕飯を終え、お風呂に入り、寝る準備が終わった頃に彼からの「ただいま」のメールが届いた。それからはずっと夜が更けるまでメールが続いた。時には辺りが明るくなってしまった時があった。 「あ、いけない! 朝だ」 「あ、本当だね」 「ごめんなさい。寝ないといけないでしょ?」 「今寝たら起きられないから、このまま起きてるよ」 「徹夜して大丈夫?」 「うん。なんとか」 「でも横になったら少しは違うよ」 「うん。じゃあ横になろうかな」  彼と一緒の時は時間を忘れた。時間が止まった感じだった。でも、こうして朝まで二人で楽しくメールを交換していると、やっぱり時間はどんどん経っているのだと実感させられた。だから時間を止めて欲しかった。そして彼との場面がずっと続いて欲しいと思った。  朝になれば「行って来ます!」という彼のメールで、私は取り残された気分になった。私にはそれから数時間して大学の講義に出掛けたけど、今の学部には何も魅力を感じていなかった。仕方なく決められたことを繰り返している感じがしていた。 ―私の夢―  それは今は遠いところに行ってしまっていた。 「芳樹の夢って何?」  私はいきなりそんなメールを彼に送っていた。こんなメールは送れないと思って取り消しをしようと思ったけど、誤って送信ボタンを押してしまっていた。 (次は彼といつ会えるかな?)  最近の彼は土日も忙しいみたいで、次に私と会えるのはいつになるかわからないと言っていた。私は彼が指定する日をただ待つしかなかった。
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