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第14章
私は芳樹に教えてもらった日時にメモリアルホールというところへ行った。彼のお母さんのお通夜だった。私は礼服を持っていなかったので、母のそれを借りて出掛けた。母と洋服のサイズが一緒で良かったと思った。
駅の改札口を出ると、近藤家式場と書かれた立て看板が目に止まった。それで私はそれが示す順路に従って進んだ。やがて礼服姿の人が周りに増えて来たので、その人たちと一緒に歩く感じになった。
ホールに入ると、先ず芳樹の姿を捜した。けれどどこにも見当たらなかった。それで受付と書かれたカウンターに行った。そこでは親族とそれ以外の人に分かれて記帳するようになっていた。私はそれ以外の方へ並んで、この度はご愁傷さまです、と言ってからそこへ住所と名前を書いた。
受付には、感じのいい綺麗な女性が立っていた。芳樹かお父様の会社の人がお手伝いに来ているのだろうと思った。私はそれから読経の聞こえる部屋の中に案内されて、そして椅子に座った。正面にはたくさんの花に囲まれた女性の写真が飾られていた。それが芳樹のお母さんだと思った。綺麗な人だった。笑っていた。こういうお母さんに育てられて芳樹はあんな優しい性格になったのだろうと思った。
すると一番先頭に芳樹の後ろ姿が見えた。お焼香する人にいちいち頭を下げていた。芳樹の隣に芳樹に似た人が座っていた。芳樹のお父さんだと思った。芳樹のきりっとした性格はあのお父さんから受け継いでいるに違いないと思った。
やがて私のお焼香の番になった。私はどきどきしながら前に進んだ。芳樹と目を合わせてお辞儀をした。芳樹は憔悴しきった顔をしていた。その顔を見て、私は涙が込み上げて来た。私は涙を流しながら芳樹のお母さんに手を合わせた。出来たら芳樹に言葉を掛けてあげたかったけど、それが出来ずにその場を後にした。
私はそのまま帰ろうとすると、係の人にお清めとお茶が入った袋を渡され、別室に案内された。
「通夜振る舞いですから、一口だけでも食べて行ってください」
私は係の人にそう言われて、その場に少しいることにした。
「芳樹さんの会社の人ですか?」
私はたまたま同じテーブルになった男の人に声を掛けられた。
「いいえ」
そう言うと、そこで会話は途切れた。なかなか席を立つタイミングがはかれないでいると、そこに芳樹と芳樹のお父さんが入って来た。
「本日はありがとうございます」
芳樹のお父さんがみんなにそう言って頭を下げた。私もお辞儀をした。私はそれから芳樹を見た。芳樹も私を見た。彼は明らかに寝ていない顔をしていた。私はそんな芳樹が心配だった。
「今日はありがとう」
私を見つけた芳樹は私に歩み寄って来てそう言った。
「大丈夫?」
「うん」
「寝れた?」
「うん。仮眠したよ」
(嘘)
「ちゃんと食べた?」
「うん。少しだけどね」
(嘘)
「これから親族と朝まで飲み明かすことになると思う」
「うん」
私はそれしか言えなかった。
「明日は11時から告別式だけど、美緒は大変だから」
「え?」
(全然大変じゃないよ。大変なのは芳樹でしょ?)
「親族や母と親しかった人くらいしか出席しないしね」
(そうなんだ)
「じゃあ家で待ってるね。連絡して」
「うん」
「じゃあ遅いし、もう帰るね」
「うん。ありがとう」
それから芳樹はホールの出口まで私と一緒に来てくれた。私は芳樹のことが心配だったけど、そのまま帰るしかなかった。
「芳樹君」
私がホールから外へ出た時だった。後ろから彼を呼ぶ声がした。私もその声の方を見ると先ほど受付にいたあの綺麗な女性が立っていた。
「ごめん。ちょっといい?」
芳樹が私に軽くうなずいた。私も彼の目を見てうなずいた。すると彼はその女性の方に走って行った。
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