すきやきす

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 目覚めると、保健室にいた。けれども、明るい。図書の作業は放課後だったはずなのに、昼間の明るさだ。俺は学校で一晩過ごしたのだろうか。  枕元にあったスマホを覗きこむ。時間を確認すると、昼前か……て、また月日が戻っている。5月? この日はなにがあっただろうか。記憶をたどる。あっと、思い出したとき、仕切りのカーテンが開いた。 「河野くん、大丈夫?」  成川さんだ。  たしか、教室に飛んできた虫に成川さんが驚いて、鞄を振りあげたら、隣の席の俺にクリーンヒットしたんだった。 「うん。このくらい、大丈夫だよ」 「よかった」  そうだ。心配した成川さんは、ここでほっとした笑顔になる。それに俺はきゅんと胸がときめいてしまったんだよな。  どうやったら、思いは伝えられるだろうか。たぶん、時を戻ったのは、告白を成功させるためだろう。  考えながら保健室を見渡す。と、机にペンがあった。言うのがダメなら文字ならどうだろうか。 「あのさ、なにか書ける紙ある? メモ用紙でもいいんだけど」 「紙? プリントの裏なら」  成川さんは「ご自由にお持ちください」のトレーから用紙を一枚渡してきた。心の病に関する内容だ。  心の病か……。考えてみると、このタイムリープは全て俺の妄想だったのではないかと恐ろしくなってくる。即、裏返しにして、ペンを握る。 「す」  ここまではペンが進む。でも、その先を書こうとすると、手が震える。  うそだろ? 書くことも許されないのか? 「大丈夫? やっぱり、打ち所が悪かったかな?」  成川さんが近づく。あと少し近づけば、くちびるに触れられそう……あ、やってしまった。そんなこと考えていたら、「すきやきす」なんて書いてしまった。なんだよ、これ。意味わかんないよ。  気まずい思いで成川さんを見ると、ふふと笑った。そして、ペンを持った。書いたのは「まさかさかさま」だ。 「回文って、脳トレみたいでおもしろいよね」 「うん。そうだよね」  あれ? 俺、今、成川さんと普通に会話できてる?  嬉しいという感情が爆発しそう。高ぶる気持ちを抑えようと、布団にもぐり、目を閉じて転がった。
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