3.吏比斗の誤算

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3.吏比斗の誤算

 男との経験なんて数えきれないほどあったから、今回もそんな感じになるのだろうと予想はあった。  吏比斗は野垣に連れられて入ったホテルでシャワーを済ませると、部屋の中央へと設置された大きなベッドへとよじ登る。真ん中を陣取った。  一度、セックスをすれば、相手の凡そはわかるものだ。それが、平凡なセックスならともかく、SMプレイや羞恥プレイを好む輩かどうか等、相手の性癖を知るのも、たとえセフレであろうとも付き合っていくうえでは重要なことだった。  過去に、吏比斗はアブノーマルなプレイを好む相手に出会ったことがあった。殴られた後に、縛られたうえ鞭で打たれてセックスを強要された。あんな恐怖とはもう、今後、一切関わりたくはない。  それ以来、危険を感じたら逃げるか、管理人に助けを呼ぶように心がけていた。今回も、警戒心だけは怠らないよう気をつけながら、スマホだけは枕元へと忍ばせておく。  やがて、野垣はシャワーを終えて吏比斗の側へと歩み寄った。 「吏比斗って、呼んでもいいかな?」 「えぇ。あなたは…」 「英史(えいし)」  呼び捨てでいいと付け足して笑むと、野垣は吏比斗を組み敷く。風呂上がりで赤く熱ったその唇へとキスをした。  角度を変えて、幾度も吏比斗の唇を吸いついては離れる。舌をも引っ張り出すようにして、それすらも食らい尽くすようにして吏比斗の口内をも蹂躙していった。 「…は…ァッ」  束の間の深い呼吸をとり、再び口内を舌で弄る。顎裏を擦られて、吏比斗は苦しげに吐息を漏らした。  バスローブが肩からずり落ちて吏比斗の胸元が露になると、野垣は現れたそれすらも残さず吸い付くように胸の突起へと舌を這わせた。 「……んん、アッ!」  感じやすいそこを舌でグリっと押し潰されて、吏比斗は堪らず声をあげた。 「吏比斗、すごくキレイだ」  野垣はスマートながらも引き締まった腕で、吏比斗の背中を掬い上げる。赤ん坊を抱き上げるようにして胸の中へと取り込んだ。 (…?)  一瞬、野垣のしたい事がわからずに、吏比斗は不安げな表情を彼へと返す。やがて吏比斗の下肢の間に、野垣の屹立したそれを当てられて、吏比斗は思わずゾクリと身震いしてしまう。 (まだ…挿れるのは、ちょっと無理なんじゃあ…)  一抹の不安を抱きながらも、吏比斗は当てられたそれを手探りで掴むと、自身の後ろの穴へと添える。恐る恐る腰を揺らすようにして、中へと押し込んでみた。 「……う…んっ!」  野垣のそれは想像以上に存在感があって、吏比斗は途中で腰を止める。今度は両手で野垣の肩を掴んだ。 (ダメ、…まだ、ムリ…っ!)  掴むだけでは自身の体重を支えられなくて、吏比斗は彼の首へとしがみつくようにして抱え込んだ。  自分で腰を押し下げることもどうすることもできずに、膝がガクガクと限界を訴える。  すると、野垣は吏比斗の両脇に手のひらを滑らせて、吏比斗の敏感になった胸の突起を親指で擦り上げていった。 「んヤ…っ!」  更に吏比斗の下肢へと力が増して、穿たれたそこが苦しさを増した。  野垣の指が愛しげに、立ち上がった先端を愛撫し続ける。 「…んぅ……ふ…っ」  鼻から抜けるようなもどかしさを帯びた声が、堪らず吏比斗の口から溢れた。  突起へと触れる合間には、野垣の手のひらが脇腹を上へ下へと滑るように行き来を繰り返す。吏比斗はゾクゾクと這い上がる快楽を感じて、息を殺すようにしてそれを耐え続けた。全身から、じわりと汗が滲み出てくる。  やがて野垣は、手のひらでそのしっとりとした肌触りを楽しみながらも彼の腰を両手で掴みとると、そのまま野垣のそれへと一気に押し下げた。 「アッ…、んああ…っ!」  吏比斗から矯正があがった。狭い中を割り入るようにズルリと入り込んだそれは、腹の中の信じられない所まで届いたようだった。そこを押し広げるように野垣は腰を中へと押し進める。 (待って、これ、なに?!)  今まで感じたことのないほどの込み上げるような快楽の中、吏比斗は彼の胸を支えにして、打ちつけられる腰を受け止める。 「ん! ふあ…っ! あぁ…っ!」  自分でも、こんなに甘い声を出しているのが信じられなかった。吏比斗は乱れる己の姿を遠くに感じながら、その快楽に翻弄されるがままに身体をしならせる。  そんな、繰り返される刺激のなかで、吏比斗は自身すら知らず吐精していた。  それでも止まらない快楽を感じながら、打ちつける刺激の中で吏比斗の意識はやがて遠のいていった。 「大丈夫…か?」  ぼうっと戻った意識の中で、吏比斗は心配そうに覗き込んでいる野垣の顔を眺めていた。  額には濡れたタオルがあてられている。身体を拭いてくれたのか、身を捩りながら起き上がると随分とさっぱりとしていた。 「すまない…!」  ベッドの上で並ぶように見合うと、野垣は真剣な顔で謝ってきた。 「あぁ…僕こそ、すみません。寝落ち…しちゃったのかな…」  記憶が曖昧だった。ただ自分でも驚くほどの快楽を感じていたことだけは憶えている。 「いや、私が無理をさせ過ぎたんだ。自制がきかなくて…本当にすまない…」  本当に反省しているのか、野垣はまるで大型犬が飼い主に怒られてしょぼくれているようにも見える。吏比斗はそんな想像をしてつい笑ってしまった。 「ふっ! 確かに…あんなに深く突かれたのは、あなたが初めてかもしれない」  それでも平気そうに笑う吏比斗に、野垣は目を奪われてしまいそうになった。  吏比斗は普段ちょっと冷めたような眼差しをしているが、ひとたび情事に入るとひどく艶かしい表情を覗かせた。顔が整っているから尚更かもしれないが、そんな彼が笑えばその顔は極上の笑みへと変わる。野垣など、ひとたまりもなかった。心拍数までもが煽りたて始める。  そんな野垣のことなどつゆ知らず、吏比斗は自分がどれくらい眠っていたのか気になって辺りを見渡していた。  設置されたデジタル時計を確認すると、それほど時間は経っていないことがわかる。これからどうするのかと思って隣の彼を振り返ると、野垣はそんな吏比斗を自身の胸にくっつけるようにして抱き寄せた。  野垣の心臓音がドクドクと伝わる。 「今度は、無理をさせないから…」 「………え?」 (まさか…2ラウンド目?!)  慌てて腕の中から野垣を見上げると、野垣は物欲しそうにしながらも行儀よくお伺いを立てるようにして返事を待っていた。 (さっき、すまないとか、言ってなかったっけ…)  そんな彼へと、吏比斗はちょっとツッコミを入れたくもなる。 (でも…)  それでも相手の気持ちを汲もうとしている野垣に、吏比斗は心が揺れ動いた。これほどに身体の相性までもが合う相手は、野垣が初めてだった。  吏比斗は彼に向かって了承とばかりに頷くと、そのまま流れるようにして再びベッドへと倒れ込んだ。  セックスをすれば相手の凡そはだいたいわかるものと、そう思っていた吏比斗だったが、想定外の誤算が生まれる。 (もしかすると、この人のことを好きになるかもしれない)  今までセックスした男の数などとうに覚えていないが、吏比斗はこれまで恋に落ちたことは一度もなかった。重なる肌の感触を感じながら、初めてそんな予感を知ってしまう。  先ほどのセックスとは違って、丁寧に触れていくその手は、大事なものへと触れるような柔軟さを帯びていた。今度は吏比斗も協力的に野垣へと愛撫を与えていく。そんな事を自分からしようと思えたのも、どこか不思議に思えた。 (あ…ホントに、やばいかも…)  迫り上がる呼吸をふたりで合わせるようにして、吏比斗は彼に煽られるがまま、自身のものを吐き出していった。  別れ際に、野垣のほうから次の約束を取り付けてきた。プライベートな連絡先を交換してその場は別れた。 (…でも、本当にこの人のことを信用してもいいのだろうか?)  指輪はしていなかったし、ママから貰った情報と本人の証言から、彼は独身で間違いはないはずだった。  不安が残ってしまうのは、過去の苦い経験からだろう。  そんな不安が顔に出ていたのかもしれない。  吏比斗が休憩室へと入ると、中で寛いでいた飯嶋がすぐに側へと寄ってきた。 「芳しくないのか? その後は」  やはり、吏比斗の様子を気にして声を掛けてきたようだった。 「そうじゃないんだけどな…」  ぽそりと呟いたそんな吏比斗の言葉を聞き逃さずに、飯嶋は食いついてくる。 「えっマジ? いいヒト見つかったの?」  表情がパッと明るくなり、新しいおもちゃを発見した子供のような顔つきへと変わる。 「それが…」  飯嶋とはお互いの性の悩みまで知った仲だ。  吏比斗は行き場のない不安を、彼へとぶつけてみることにした。  一部始終を話し終えると、飯嶋はうーんと唸った。そして、 「その取引先とその人の名前、あとでメールしといて」 それだけ言うと、時間を気にしつつ自分の管轄である経理部へと戻って行ってしまった。  ひとりになり、ふと、消音にしてあったプライベート用のスマホが鳴動していることに気づく。確認すると、野垣からメッセージが届いていた。 『次の土曜日は一緒にどこかへ出かけませんか?』 (これは…)  吏比斗は動揺が隠せなかった。 (デートの約束、だよな…?)  勝手に顔が赤くなっているような気がした。  ここに飯嶋がまだ残っていたならば、格好の揶揄いのネタにされていたことだろう。  吏比斗はもういない飯嶋に安堵するものの、動揺ともわからない胸の高鳴りを、まだ自分では理解しきれずにいた。  
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