5.悪夢

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5.悪夢

※性的な暴力シーンを含みます。  真夜中に、吏比斗はふと目が覚めた。 (ここは…どこだっけ…?)  身じろぎしようとしたが、身体の上半身が全く動かなくなっていることに気がつく。途端、血の気がサーッと引いていくのを感じた。  裸のまま、両手首を後ろで縛られている。起き上がることもできず、それどころか口には猿ぐつわのようなものを噛まされていた。 (……!?)  部屋の中は薄暗く、吏比斗はぐっと目を凝らす。すると、すぐ横に細身な形をした男が立っているのに目がいった。  手に持っている細く長い棒をしならせて、バチンと弾く。その音に、吏比斗の背筋がゾワリと粟立った。  あれは、乗馬用の鞭だ。  吏比斗の身体が一気に震え上がる。 (あれは、嫌だ……!)  反射的に、ジタバタと身体を動かしていた。  けれど身体すら起こすことは叶わず、横向きになった体制のままで、吏比斗はただ震えてしまう身体を小さくするしかなかった。  吏比斗はあの鞭で打たれる痛さを知っている。脳裏には、過去に騙された男の顔が思い浮かんだ。  やがて側の男の影が、思い出したその顔へと変貌する。その顔がハッキリと露になると、吏比斗の喉がヒュッと音を立てた。  鞭の先端が、吏比斗のその喉元へとぐっと押し当てられる。 『はじめは痛いかもしれないけど、そのうちそれも気持ちよくなってくるから』  男は気味の悪い台詞を吐いて、鞭をまたしならせた。照準を合わせるかのようにして、吏比斗の尻へとトントンとあてる。 (これは夢だ…あの時の…)  半ばトラウマになっているその男の影が、吏比斗の目前で腕を大きく振り上げた。 (やめて…! 嫌だ…っ!) 「ンーーーーーーッ!!」  痛みなのか痺れなのかわからないそんな痛みを伴った鞭が、吏比斗の尻へと振り下ろされた。本来ならば乗馬で使われるその太い鞭が、震える吏比斗の身体へと次々に振り下ろされていく。  皮膚が裂けるのではないかというほどの衝撃を、何度も尻が受け止めている。けれど痛みよりも、吏比斗は恐怖の方が勝っていた。  ガクガクと大きく震える吏比斗の両足を、男は無理に大きく開かせた。暗い部屋でも浮き上がるその滑らかな白い大腿を、男は愛しげにひと撫でする。そこへもまた、容赦なく鞭を叩きつけていった。 (いや…っ! やめて…っ!!)  今、吏比斗が自由にできるのはその両足だけだった。しかし、震えきったその足で抵抗する力など、とうに尽き果ててしまっていた。  男の恐ろしいまでの顔が不敵に笑い、更に吏比斗を驚愕させる。  男は屹立した自分のモノを、足を開かせて顕にしたその穴へと無理矢理ねじ込んでいく。何も施していないその場所を、ジェルだけを頼りに押し入ろうとする姿はもう、ただの獣でしかなかった。  吏比斗の身体中から、冷や汗が噴き出していた。 (嫌っ! 痛い…っ!! やめて…!!  お願い………助けて……!!!) 「吏比斗!!」  軽く頬を弾かれて、吏比斗は本当に目を覚ました。目に入った明るい天井の光が、一瞬その目を眩ませる。 「……っ?!」  薄くそっと開くと、そこには心配そうに吏比斗の様子を窺う野垣の姿があった。 「大丈夫…か? …すごく、うなされていたから、無理に起こしたよ」  目が覚めて、茫然としている吏比斗へと、野垣はゆっくりと丁寧に説明をした。涙まで流している吏比斗をとにかく安心させてやりたい一心で、背中に手を添えて優しく摩ってやる。  悪夢は依然、吏比斗の記憶に留まり続け、目が覚めた今もなおその身体を震わせていた。 「……あ、ごめん…なさ…」  震える両手で顔を覆うと、吏比斗は見られないように俯いた。 「大丈夫だ。悪い夢を見ただけだ」  そう言って野垣は、細いばかりの彼の身体をすっぽりと腕の中へと抱きしめる。 「悪い夢…」 「そうだ。現実じゃない、ただの夢だ」  そう。本来ならただの悪い夢でしかなかったが、吏比斗が見たそれは、過去、現実に吏比斗自身が体験した出来事だった。日常的に反芻こそしないが、時折こうして誰かと関係を持った際にはよく見る悪夢といえた。 「…うん…。夢だから…」 (もう今は、ただの夢でしかない)  あれからもう六年が経過している。  あれ以来、吏比斗の防壁は幾重にも固められていた。そこへ今になって、その懐へと野垣が入り込んだことで、吏比斗はまた夢として過去を思いだしたのかもしれない。  強めに抱きしめるその腕が、吏比斗を堪らなく安心させてくれた。 「ごめん…。僕が起こしちゃったんだよね」  顔にあてた手は、冷や汗でべったりとしていた。  野垣はベッドから降りて、吏比斗へとタオルを持ってくる。片方の手には水の入ったコップを持っていた。 「飲む?」  手渡されて、吏比斗はそれをありがたく受け取った。口をつけて喉を通っていく冷たい水が、現実へと更に引き戻してくれる。どこかホッと、心まで癒されていくようだった。 「こういうことは、よくあるのか?」  野垣からそう問われて、吏比斗は身体を強張らせた。何と言えばいいのだろうか。 「…と、時々…」  吏比斗はそれだけ言うと、口を閉ざした。  過去に強姦まがいのセックスをされたなどと言えば、さすがの野垣でも引くだろう。強姦まがいと言っても既に強姦でしかなかったが、騙されたとはいえそんな男にのこのこ付いていった自分がバカだったのだ。  野垣からは小さなため息がこぼれていた。 「話せるようになったら、話して欲しい。でも嫌だったら話さなくてもいいから」  ベッドサイドへと腰を下ろして、野垣は吏比斗の頭をくしゃりと撫でた。コシのある柔らかなストレートヘアは、野垣の指をするりと抜けていく。その手が頬へと触れて、吏比斗は擦り寄るようにしてその手に自分の頬を押し当てた。  まるで猫のような吏比斗の仕草に、野垣はドキリと心臓を煽られる。その愛しいまでの猫が何に苦しんでいるのか、野垣にはまだわからなかった。せめて今は安らいで欲しいと、再び彼を抱き寄せる。 「英史さんの…腕は、落ち着きますね…」  あんなに震えていた体が、嘘のように治っていった。吏比斗はふぅと吐息を吐いて大きく深呼吸をする。 「名前、初めて呼んでくれたな」  そう野垣に言われて、吏比斗は思わず顔を赤らめていた。 「…本当に、どうして君は…」  たったこれだけのことに目を奪われるなんてと、野垣は自分が今までに経験のない恋愛をしているのだと実感する。  抱き寄せた腕へと顔を伏せた吏比斗を、隙間がなくなるほどに強く抱きしめた。 「このまま寝よう」  野垣は言葉のままに、ベッドへとゴロンと倒れ込む。吏比斗を抱いたまま、眠りにつこうとした。  吏比斗はそんな野垣に驚きはしたものの、ギュッと抱きしめられたその腕はひどく安心ができた。これならば、今度こそ安心して眠れそうだ。  吏比斗もその腕の中で、ゴソゴソと彼の背中へと腕をまわす。より近づいた胸に頬をすり寄せると、吏比斗は安心しきったようにそっと瞼を閉じていった。
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