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私の右手が震えている。
看護学校を出て早十二年。
数々の経験を重ね、ベテランと呼ばれるまでになり、今では後輩の指導を任されている。
しかし、今までにこんなことはなかった。
「いや、さっきから右手が震えるんだよ」
今日、心臓の大動弁を人工弁に取り換える大手術を控えている患者が、震えている右手を突き出し訴えてくる。
知らねえよ。
お前は手術中、全身麻酔で寝てるだけだから手が震えていようが関係ねえだろ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。あなたは手術中、全身麻酔で意識はないですから」
心の中の苛立ちを隠し、にこやかに言い含める。
下手に患者の機嫌を損ねればクレームをつけられて私の評価が落ちてしまう。
それより私の右手の方だよ。
なんで震えてるの?
これからこの患者に手術前の点滴注射をしなければならないのに。
横では研修中の看護学生がメモを片手に、私の一挙手一投足を見逃すまいと目を皿のようにしている。
点滴注射も出来ないなんて思われたら、私の威厳がなくなり今後の指導がやりにくくなる。
簡単な作業だ。
いつも通りやればいい。
ゆっくりといつもの感覚を思い出しながら注射器の準備をしていたら思い出した。
あ、私、左利きだった。
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