花が降る最後の夜に、もう会えなくなる君と

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 道に並ぶ街灯もその大半が花弁を散らせて闇に埋もれているが、数少ない生き残りがあったらしい。視界の端に微かな光がうつり、幸雄は思わずつぶやいた。 「まだあっちの通りでは、街灯ついてるんだね」 「あ、ほんとだ。住宅街の方か。せっかくだし行ってみる?」 「うん」  幸雄が指し示した方向を振り向いて、香苗がそう誘う。問いかけに対して肯定の言葉を返した。  彼女の持つ手の先で、光が次々と花弁へ変わっていく。暗い海岸を照らす明かりがだんだん弱まっていた。それと比例して、闇の中に浮かぶ香苗の顔も見えなくなっていく。  花火の光が完全に消え、互いの姿は闇に埋没した。幸雄は立ち上がると、懐からビニール袋を取り出して使い終わった花火を放り込む。  香苗が近づく気配がし、広げたビニール袋が音をたてた。少しだけ重量が増える感覚に、彼女も花火を捨てたことを理解する。ここを離れる準備はできた。 「じゃ、行こうか。最後の花火も終わったことだし」  香苗の言葉が胸に重く響いた。彼女の手を握る代わりに、ビニール袋の持ち手をしっかりとつかんだ。  咲化の進行具合にも光によって個体差があるが、この近辺は特に早かった。あっという間に街灯や夜間灯の明かりは花弁となって散り、街は暗くなった。数ヶ月の間にマッチ1本つかなかくなったのだ。人々は数日の間に決断を迫られ、ほとんどが遠く離れた街へと移住していくことを決めた。  幸雄とその家族のように、光のない暗闇の世界に順応してまで留まろうとする者はごくわずかだ。香苗の両親がくだした判断が、もっとも普遍的な最適解だった。高齢の祖母と同居していることもあるだろう。  しかし、選択肢が異端であっても普遍であっても、別れた道は決して交わらないことだけは確実だ。  こうして会う機会ももう2度とない。分かっているからこそ、この時間を引き伸ばしたかった。
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