花が降る最後の夜に、もう会えなくなる君と

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 海岸にいたときはずいぶんと遠くに見えたが、実際に歩いてみると、街灯の灯る通りまでそう距離はなかった。咲化していく街で得た暗闇の歩き方のこつと、積み上げてきた記憶を頼りに2人で街灯のもとへ向かう。  現存する街灯に照らされた道は、人通りの途絶えたうら寂しい道路沿いに並ぶ、狭い歩道だった。西洋のカンテラを模した洒落た形状の街灯が、明かりを灯したまま数十メートル続いている。  道の両脇には、壁が囲むように住宅が建ち並んでいた。 「人、いないね」  感心したような声が隣でつぶやく。既に夜の11時をまわっているのだから当然だ。小さくうなずいてから、その動きが見えているか不安になり、肯定を口に出した。 「あー、ほんとだ。いないね」 「見えてるよ。わざわざ言わなくても。街灯ついてるんだから」 「そうだった」  くすくすと笑いながら香苗が指摘する。  首肯のひとつも見えない世界に慣れすぎたせいか、なんでも口にして相手に伝えなくてはいけないような気がしていた。すべてを言葉にできていたわけでは、決してないけれど。  幸雄は、盗み見るように香苗を横目で見た。  闇の中にぽつぽつと浮かんでいる街灯の明かりが彼女を上から照らし出す。下半身は暗闇に隠れて見えない。唯一視認できる彼女の姿も、いつか見えなくなるだろう。既に頭上の光は細かく震えていて、咲化の予兆を示していた。  それでも十分な明るさはある。燃え尽きかけた花火では足りなかった光量が幸雄の視界に広がり、街中が昼夜を問わず目を覚ましていた時代と同じ景色が見えた。  香苗の笑顔を、久しぶりにはっきりと見たような気がする。思わず目が釘付けになった。穏やかな光の中に佇む彼女の姿は、本当に美しい。  見惚れるのはこれでいったい何度目だろうか、なんてくさい台詞を心中でつぶやいた。初めて出会ったときから数え上げればきっと、指の数が足りなくなる。 「ん、どしたの」 「いや、別に。何でもない」  じっと見つめる視線に気づいたのか、香苗が問う。すっかり慣れてしまった嘘をまた吐いて、心の中でわずかに後悔した。  
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