花が降る最後の夜に、もう会えなくなる君と

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 香苗を照らす光が、不気味に揺れる。木漏れ日を思わせる隙間が絶え間なく浮かんでは消えていた。  ここの街灯も寿命だろう。近いうちに、本当に街から光が消える。  真の闇が訪れる覚悟は、まだできていなかった。  最後を終わらせるにはまだ早い時間だと感じていた。体内時計が間違っていなければ、今は午前零時にもなっていない。明日になれば家族と共に遠方へ立つ彼女と過ごす時間の終焉は、もっと先であるはずだ。  幸雄のその感情を読み取ったかのように、香苗が小さくつぶやいた。 「本当はね、最初、お母さんは引っ越すことに反対してたんだ」 「そうだったのか」  はじめて聞く事実に、幸雄はたいして衝撃を覚えなかった。彼女の家族が、この街を捨てて遠方へ移り住むことを全員一致で即決したわけではないとなんとなく感じていたからだ。香苗の中にもまだ、割りきれない気持ちがあるのだろう。  そもそも、夜の花火に付き合ってほしいと言い出したのは幸雄からではない。 「今こそ家族を主導して引っ越す準備を進めてるお父さんも、はじめはそこまで乗り気じゃなかった。暗闇で人間の視力を維持する手術は保険おりるし、安全性も保証されてる。咲化が全くない遠い土地に行くんだからそっちの方が高額だって」  確かに、香苗の言葉は間違っていない。咲化から逃れるために引っ越したところで、多くの地域で咲化は進行している。住んでいる地域に魔の手が伸びればまたどこかに移り住んで、なんてことを繰り返せばすぐに貯金は尽きるだろう。  かなりまとまった財産を貯めていなければ、逃亡生活はそのうち途切れてしまう。わざわざ泥試合につぎ込むほどの資産を幸雄の家族は持っていなかった。  そういう人が、暗くなっていくこの街に留まる。彼女も最初はそうだったらしい。  幸雄の言葉も待たず、香苗は静かに言葉を続けた。 「でも、おばあちゃんが目の病気になったの」
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