花が降る最後の夜に、もう会えなくなる君と

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 波の打ち寄せる音は静かだった。2人の全神経は、手元にある花火だけに集中している。あと少しで終わってしまう光を見送るのが、彼らの役目であった。  砂浜を擦る音と同時に、香苗(かなえ)が半歩前に出た。幸雄(ゆきお)と香苗の持つ手持ち花火が近づき、激しい光がひとつになる。時間の経過と共に花火は小さくなっていく。 「高校生活最後の夏休みって、なんか寂しいね」 「そうだね。しかも香苗に会えるのだって、これが最後だし」  何気ない言葉への返答は、拾われないまま砂に落ちた。幸雄が黙り込むと同時に、花火の弾ける音が主張を強める。夜の海に吸い込まれていくだけと分かっていても、終わりのない夜闇に消えていくだけと知っていても、花火はその命を必死に散らし続けていた。  花火に照らされた香苗の顔は、事実を全て受け入れているかのように穏やかだった。それとは対称的に幸雄の顔は歪んでいる。唇を強く噛み締め、額にシワを寄せて、目尻に浮かぼうとする涙をこらえていた。  緊張で力のこもった口が、恐る恐る開かれる。 「なんで俺の家族は引っ越さないんだろな。この街にいても、〈咲化(しょうか)〉が進んで不便になるだけなのに」  吐き出された不満が幸雄の涙腺をくすぐる。喉の奥がひどく痛んだ。それに気づかない様子で香苗はあっけらかんと答える。 「まあ、それは幸雄の両親の判断だからね。咲化に順応するための視神経鋭敏手術も、桿体細胞(かんたいさいぼう)機能向上のための施術も、無料で受けられるじゃない。保険がおりない地域だってあるんだよ?」 「そうだけどさ。手術して体の一部を作り変えてまで、暗い街に留まりたいのかって話」 「そりゃ、最初から手術一択ではなかったと思うよ。でも引っ越すにしても、かなり遠い地域に行くわけだし。考えに考えた結果、ここに居続けることを選んだんじゃないかな」 「どっちにせよ最悪ってことだな。俺は咲化で光の消えていくこの街に住み続けるさ。香苗は闇に埋もれた生活から逃げるために知らない街へ行く。どうせならずっと一緒にいたかった」  ぽつりとこぼした本音に、香苗が顔を上げる。線香花火の明かりが驚愕を浮かべた顔を照らし出し、彼女にしては珍しい間抜けづらを幸雄は見た。  2人の視線が合致する。静かな波音に、線香花火が弾ける火花がぱちぱちと覆いかぶさった。
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