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─12─
なんとか無事に帰ってくることができ、家に着いた頃には、十九時を過ぎていた。
「疲れたね」
そう言うと、楓太は倒れ込むようにソファに横になった。朝よりも確実にやつれていて、顔色も悪い。
「少し休んでろ。今、何か作るから」
着替えを済まし、冷蔵庫を開ける。
「しまった。買い物行ってないんだった」
こんなことになってから、買い物のことがすっかり頭から抜け落ちていた。
何か、あっただろうか。棚を物色する。
「あったあった」
インスタントラーメンがちょうど二つ残っていた。かろうじて卵が一つと、刻んであったネギがある。今日はこれで勘弁してもらおう。明日、時間を見て買い物に行くとしよう。
ラーメンのいい匂いが部屋中に充満し、昼ご飯を食べそこねていた俺の腹は、ぐうっと音を立て、空になったことを知らせていた。
「少し足りなかったか」
俺は少しでいい。
楓太には麺を多めに入れた。
「楓太、食べられるか?」
「うん。不思議と食欲だけはあるから」
楓太はぺろっと平らげ、再びソファへ横になる。座っていることさえ辛いのだろう。
この調子だと、明日には立てなくなっているのではないだろうか。こんなにも早く症状が進んでいくなんて、思ってもみなかった。早くなんとかしないと、取り返しのつかないことになる。
片付けを済ませたあと、さっそく集落について調べていく。
楓太のそばに座り、見えるよう、ノートパソコンをテーブルの上に置いた。
名前を検索してみると、文字を打ち終わる前に、武咲集落の名前が出てきた。
『武咲集落』
『武咲集落 怖い』
『武咲集落 行き方』
『武咲集落 心霊スポット』
ずらっと並ぶ検索結果の一つに、北海道の心霊スポットを制覇するという強者のブログがあった。
「この人すごいね。怖くないのかな?」
「まだ痛い目にあってないから、わかんねーんだよ。罰当たりだ」
俺はそもそも、心霊スポットに行くという行為が気に入らない。ただの不法侵入じゃないか。それに、心霊スポットになる場所は大抵、悲しいことや辛いことがあった場合が多い。誰かが殺された、自殺があったなど、人が不幸になった場所。そんな場所に行くなど死者に失礼だ。たとえそれで、呪われたとて自業自得。
今回がまさにそれだ。面白半分で行き、呪いを連鎖させ、関係のない命を奪っている。手を下していないだけで殺人と同じじゃないか。俺は友人を殺され、弟まで奪われようとしている。到底、許すことなどできない。
ブログの目次には、道内の心霊スポットがずらりと並んでいた。
その中から武咲集落を見つけクリックすると、心霊スポットになった理由が書かれていた。
「ある日突然、住民が全員死亡した状態で発見された。死因は不明。未知の流行り病や、集団自殺などの噂がある。しかし、どれも証拠はなく、四十年を経過した現在でもわかっていない」
「全員死亡って……」
「これが本当なら、もっと大体的にニュースになったりして語り継がれているだろ。そうじゃないということは、これは嘘だ」
「それはわからないよ。隠ぺいされたとか……」
「ドラマの見過ぎだ。なんかピンとこないな。こんなの怖い話にはよくある話じゃないか」
「兄ちゃんは本当に信じないよね。こういう話。でも、今回は呪いだってすぐに認めたけど、どうして?」
楓太の言う通りで、今回はなぜか頭の中に「呪い」という言葉が最初に浮かんできた。それを疑問も持たずに信じ、今でも疑いを持っていない。
「自分の目で見たっていうのも大きいが、実際のところ、なぜかはわからん。でも、呪いだということは疑ってない」
「そっか。兄ちゃんがそこまで言うなら、間違いないだろうね。それに俺の場合、自分の体で実感してるから信じるしかないしね」
「そうだよな……。ごめんな、巻き込んじゃって」
「俺が勝手にお面を触ったんだから。兄ちゃんのせいじゃないよ」
──違う。
こちらに否など、一ミリもない。
何も知らされない状態で、面を送りつけられ、触っただけなのだから。
そもそも、湊もその前の人だって悪くない。
理不尽な死を目の前にし、どうにか助かろうと考え、なくなく次へ人へ呪いを連鎖させたのだから。
考えれば考えるほど、胸がムカムカする。
「──とにかく、あとは俺が調べておくから、お前は寝ろ。少しでも体力の消耗を避けたほうがいい」
「うん、わかった」
楓太はゆっくりと体を起こした。この時点で既に肩で呼吸をし、苦しそうだ。こんな些細な動作でも息が切れるのか……。
楓太を支えながら、ベッドへ連れて行く。
「寒くないか?」
「今のところ大丈夫」
布団を肩までしっかり掛け、部屋の電気を消そうとした時、「兄ちゃん」と、楓太が力ない声で俺を呼んだ。
「なんだ?」
「──俺、明日、どうなってるかな」
一瞬言葉に詰まる。すぐに答えなければ俺の不安が楓太にはバレてしまう。
「大丈夫だ。大丈夫に決まってるだろ。俺がすぐに治してやるから」
「そうだね、ありがとう……おやすみ」
「ああ、おやすみ」
これ以上、楓太の顔を見ていることが出来ず、電気を消し逃げるように部屋を出た。
「どうしたらいいんだ」
ソファに座った俺は頭を抱えた。
パソコン画面を見つめながら、途方にくれる。調べても調べても同じ情報しか得られない。
一本だけ残しておいたビールを開け、一気に喉へ流し込む。
苦くよく冷えたビールは、熱くなっていた俺の頭を冷やしてくれた。
少し冷静になったところで、集落へ行った時のことを整理する。
俺が感じたことが正しければ、あの家が呪いの元凶だろう。
大きな家、大きな敷地、家具などを見る限り、裕福で幸せな三人家族といったところか。何軒か立派な家はあったが、あの家が一番だった。面で儲けていたのだろうか。
あと、あの赤い封筒。八分と書かれていた。村八分に遭っていたことは間違いなさそうだが、その理由はなんなのか。
一般的ないじめの理由は大半、妬み。そう考えると、裕福で幸せそうな家族を妬み、村八分にしたのかもしれない。そうだとしたら実にくだらない理由だ。
そしてあの家紋。楓太も言っていたが、この集落の住民であるという証なのかもしれない。それなら、家紋が傷つけられていていたことも納得がいく。
だか、村八分にされたからといって、何十年も怨念が消えないとはどういうことなんだ。ネットの情報が正しければ、住民は全員死んだはず。それなら、恨みは晴らされ、呪いは消えてもいいだろう。
「あー、わからん」
飲み干したビールの缶を握りつぶし、ゴミ箱へ投げ入れた。
あと四日……。
あと四日で何が出来るというんだ。手がかりという手がかりがない状態で何を調べればいいのかさえわからない。
──仕方ない。
あまり気は乗らないが、あいつの力を借りるか……。
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